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2005年3月 Archive

母と父

今日は友達の家に、その友達の子供に逢いに行った。
彼女は、出産した時、直ぐに赤ちゃんの写真と共にメールをくれた。
その出産からもう半年になる。
「出産のお祝いは持参して」と思っていたのだけど、手のかかる“育児中にお邪魔するのは”どうかと思い、彼女が少し落ち着いてから。。。なんて思っていたら、いつの間にかもう半年経ってしまった。
友達は、年賀状でも「姫に逢いに来て~」と言ってくれていたのだから、もう少し早く行ってもよかったのにね(^^;
彼女が4月から職場復帰するので、その前にと思い慌てて決行(^^;

彼女とはそこそこ付き合いも長い。
でも。。。否、だから、かな?
何となく、“お母さん”になった姿は想像できなかった。
でも、“お母さん”姿の彼女、様になっているのよね~
“様になっている”という表現もヘンだけど。。。(^^;

それにしても、大きな赤ちゃん。
私は彼女の日記を読んでいるから、赤ちゃんが標準より大きいのは知っていた。
そして、少し前に、別の友人が彼女に“抱っこ紐”を贈ったという話を聞いて、「本当に抱っこなんて出来るの?」と思っていた。
でも、それが本当に大袈裟じゃないぐらい大きい。
未だ6ヶ月なのに、身長は1歳児のサイズ。体重も10キロ近いという。
私も抱かせてもらったけど、長い時間は無理。
慣れない私は5分も耐えられない(^^;
毎日抱っこしている彼女は流石に抱っこできるけど、それでもかなり大変らしい。
そう言えば、私が今の家に引っ越す時に妹が手伝いに来てくれて、重たい荷物を軽々持ち上げ、息子を抱いているから力がついたなんていってたなぁ。。。
でも、いくら腰と肩とで支えられるような設計の“抱っこ紐”があっても、これじゃ腰を痛めるよな。。。
やっぱり、“お母さん”って若くないとムリだわ。。。(^^;

彼女と話をしていて改めて育児の大変さを思う。
彼女は、子供を連れて行けない場所など行動に制約があるのは気にならないけど、1日中向き合っているのは精神的にかなり疲れるという。
最近は感情表現も出来るようになってきたけど、初めのウチは泣くか泣き止むかの“反応”しかないのが辛かったようだ。
何故泣いているのかが解らないものね。。。

「もし、この子がお母さんよりお父さんが好きだと言ったらイヤだ」と言う。
彼女自身は「お母さんよりお父さん」とは言っては居なかったけど、前はお母さんにも距離があったのにね。
独身の時は、少なからずお母さんとの確執(っていうと大袈裟だけど)があった彼女だけど、今はお母さんに対する感情も変わったと言う。
そんな彼女の「育児は修行」と言う言葉の重みを改めて思う。


その後は昔の会社の、年に1度の同窓会。
毎年60人ぐらい集まるかなり賑やかな会だったけど、今年は45人程度。
たった10数人少ないだけなのに、今年はなんだか寂しかった。
何でなんだろう?
会場が広く感じられた。
って、会場が禁煙で、殆どの人がお料理やお酒の置いてある会場でなく、脇の小さな煙草部屋に逃げていたというのもあるのだけどね。
それにしても、最近は煙草を吸わない人も多いと言うのに、此処の人は喫煙者が多いよなぁ。。。
この人達、最近の職場では“生活”し難いだろうな。

料理は美味しかった。
ホタテのソテーにズワイガニが乗せてあったのは、どちらも火の通りが丁度良くて美味しかった。
立食のパーティーではあまり食べない方なのに、今日はずっと食べてた(^^;
勿論お酒もたっぷり。
1次会が終わって会場を出るときに、元上司に「今日は顔が赤いな」と言われてしまった。
そうだよねぇ。。。良く呑んだもの。。。(^^;

そういえば、今年は同期が少ない。
いつも半数近くが同期で、2次会は“同期会”になるのに、今年の2次会は3年下の人達の“同期会”だった。
私の同期は結婚していない人も多いのだけど、3年下の人達は当然ながら結婚している人が多い。
だって、40歳前後だものね。。。
で、何故か会話が子供の話に。
殆どが子供は2人だけど、3人いる人も居る。
って、少子化って話が嘘?と思えるぐらい(笑)
子供が2人の人も3人の人も、下の子は年が離れている人が多い。
上の子の子育てがひと段落した所で、「もう1人」って感じなのかな。
そういえば、昼間逢った友人の弟さんも子供が4人居る。
居る所にはいるのね。

それにしても、“子育て”や子供に対する感覚って、お父さんとお母さんってずいぶん違う。
このお父さんたちが決して子育てに理解が無いわけじゃないけど、やはり1日中向き合っている人と、仕事から帰っての数時間しか向き合っていない人の差なのかなぁ。。。
死に直面した時にお母さんの事を思う人が多いというけど、こういうところに差があるのかな。

母と父

今日は友達の家に、その友達の子供に逢いに行った。
彼女は、出産した時、直ぐに赤ちゃんの写真と共にメールをくれた。
その出産からもう半年になる。
「出産のお祝いは持参して」と思っていたのだけど、手のかかる“育児中にお邪魔するのは”どうかと思い、彼女が少し落ち着いてから。。。なんて思っていたら、いつの間にかもう半年経ってしまった。
友達は、年賀状でも「姫に逢いに来て~」と言ってくれていたのだから、もう少し早く行ってもよかったのにね(^^;
彼女が4月から職場復帰するので、その前にと思い慌てて決行(^^;

彼女とはそこそこ付き合いも長い。
でも。。。否、だから、かな?
何となく、“お母さん”になった姿は想像できなかった。
でも、“お母さん”姿の彼女、様になっているのよね~
“様になっている”という表現もヘンだけど。。。(^^;

それにしても、大きな赤ちゃん。
私は彼女の日記を読んでいるから、赤ちゃんが標準より大きいのは知っていた。
そして、少し前に、別の友人が彼女に“抱っこ紐”を贈ったという話を聞いて、「本当に抱っこなんて出来るの?」と思っていた。
でも、それが本当に大袈裟じゃないぐらい大きい。
未だ6ヶ月なのに、身長は1歳児のサイズ。体重も10キロ近いという。
私も抱かせてもらったけど、長い時間は無理。
慣れない私は5分も耐えられない(^^;
毎日抱っこしている彼女は流石に抱っこできるけど、それでもかなり大変らしい。
そう言えば、私が今の家に引っ越す時に妹が手伝いに来てくれて、重たい荷物を軽々持ち上げ、息子を抱いているから力がついたなんていってたなぁ。。。
でも、いくら腰と肩とで支えられるような設計の“抱っこ紐”があっても、これじゃ腰を痛めるよな。。。
やっぱり、“お母さん”って若くないとムリだわ。。。(^^;

彼女と話をしていて改めて育児の大変さを思う。
彼女は、子供を連れて行けない場所など行動に制約があるのは気にならないけど、1日中向き合っているのは精神的にかなり疲れるという。
最近は感情表現も出来るようになってきたけど、初めのウチは泣くか泣き止むかの“反応”しかないのが辛かったようだ。
何故泣いているのかが解らないものね。。。

「もし、この子がお母さんよりお父さんが好きだと言ったらイヤだ」と言う。
彼女自身は「お母さんよりお父さん」とは言っては居なかったけど、前はお母さんにも距離があったのにね。
独身の時は、少なからずお母さんとの確執(っていうと大袈裟だけど)があった彼女だけど、今はお母さんに対する感情も変わったと言う。
そんな彼女の「育児は修行」と言う言葉の重みを改めて思う。


その後は昔の会社の、年に1度の同窓会。
毎年60人ぐらい集まるかなり賑やかな会だったけど、今年は45人程度。
たった10数人少ないだけなのに、今年はなんだか寂しかった。
何でなんだろう?
会場が広く感じられた。
って、会場が禁煙で、殆どの人がお料理やお酒の置いてある会場でなく、脇の小さな煙草部屋に逃げていたというのもあるのだけどね。
それにしても、最近は煙草を吸わない人も多いと言うのに、此処の人は喫煙者が多いよなぁ。。。
この人達、最近の職場では“生活”し難いだろうな。

料理は美味しかった。
ホタテのソテーにズワイガニが乗せてあったのは、どちらも火の通りが丁度良くて美味しかった。
立食のパーティーではあまり食べない方なのに、今日はずっと食べてた(^^;
勿論お酒もたっぷり。
1次会が終わって会場を出るときに、元上司に「今日は顔が赤いな」と言われてしまった。
そうだよねぇ。。。良く呑んだもの。。。(^^;

そういえば、今年は同期が少ない。
いつも半数近くが同期で、2次会は“同期会”になるのに、今年の2次会は3年下の人達の“同期会”だった。
私の同期は結婚していない人も多いのだけど、3年下の人達は当然ながら結婚している人が多い。
だって、40歳前後だものね。。。
で、何故か会話が子供の話に。
殆どが子供は2人だけど、3人いる人も居る。
って、少子化って話が嘘?と思えるぐらい(笑)
子供が2人の人も3人の人も、下の子は年が離れている人が多い。
上の子の子育てがひと段落した所で、「もう1人」って感じなのかな。
そういえば、昼間逢った友人の弟さんも子供が4人居る。
居る所にはいるのね。

それにしても、“子育て”や子供に対する感覚って、お父さんとお母さんってずいぶん違う。
このお父さんたちが決して子育てに理解が無いわけじゃないけど、やはり1日中向き合っている人と、仕事から帰っての数時間しか向き合っていない人の差なのかなぁ。。。
死に直面した時にお母さんの事を思う人が多いというけど、こういうところに差があるのかな。

有楽町でタイの屋台体験

今日は、友人のライターさんからの取材。
来週、某新聞に私のこの日記が紹介される(?)らしい(恥ずかしい。。。(^^; )
何でも、ブログがきっかけで、キムタケさんや、その他色んな人との交流が出来たという事が彼女の興味を惹いたらしい。

とりあえず、記事では名前は伏せてもらう(仮名)と言う事にしてもらった。
だって、やっぱり実名がでて、ここのブログタイトルが出てしまうと、書きたいこともかけなくなってしまう。
って、今でも、リアルの知り合いにも読まれているんだけどね。。。(^^;
と言う事で、新聞でここのURLやタイトルを見かけても、その書き手の名前は私の実名ではありません(笑)

その記事で、この「空のつぶやき」以外の私のブログも紹介されるかもしれない。
以前から此処を読んで下さる方に、事前のお知らせしないと義理が立たない(?)。
と言う事で、前に宣言していた通り、以前infoseekで書いていた“空の向こう側”を名前を変えて復活したブログと映画の鑑賞記録を集めブログのURLをここで宣伝(笑)

 “空の向こう側”改め“風のかたち”はこちら
  (表示に時間がかかる事があります また、過去ログは移転中で完全ではありません)
 映画の鑑賞記録はこちら

映画の鑑賞記録は、ここで書いたもののうち、映画と演劇の鑑賞記録をPic Upしたものなので、目新しいものはありません。
“風のかたち”はこちらよりも“日常雑記”に近く、私の日常生活がつぶさにわかるかも(笑)
でも、基本的に“日常雑記”なので、一部こちらと同じ記事をUPする事があります。
意識して別のものを書く事はしていないし、以前の“空の向こう”と言うタイトルからも判るように、同じものを“別の切り口で見ることもある”という程度のもの。

でも、ここの“空のつぶやき”を読む人は私の事を“男勝りの恐い人”と思う人が多く、“空の向こう”(改め“風のかたち”)を読む人は私の事を“くだらないことを書いている頭の悪い人”と思うらしい。
そのどちらも私。
でも、どちらにしてもあまり良いイメージは無い見たいね(^^;
まぁ、“恐い人”はあまり当たらないと思うけど、“頭の悪い人”は正解だな(笑)


さてさて今日は、エスニック料理が好きな彼女と有楽町のaroyna tabeta(アロイナ タベタ)に行った。
此処は、JRの有楽町駅から東京駅に向かうガード下にある店で、殺風景な何となく屋台風の店。
前から知っていて興味はあったけど、女性が1人ではちょっと入りにくいかなと言うような雰囲気のお店。
いつも混んでいて入り難いのもあるけど、ガード下という場所も何となく入り難いような雰囲気を醸しているのだけどね(笑)

タイというか、“プーケット料理”の店で、以前は全品500円、要するにワンコインの店だった。
今は、飲み物は多少ばらつきがあるものの、料理は全品630円。
ワンコインだったら、もっと屋台な感じよね。
でも、キャッシュ・オン・デリバリーだから、やっぱり屋台?(笑)

今日食べたのは、パックプン・ファイデーン(空芯菜のタイ風炒め)とムー・パッ・クーイケム(豚肉のアミ塩辛炒め)とゲーン・キィァオ・ワーン(鶏肉とココナツミルクのグリーンカレー)のセット。
真ん中にあるのは、ヤム・ウンセンというライム味の春雨サラダ。
パックプン・ファイデーンは、にんにくの塊がそのまま入っていて、ちょっとビックリ(笑)
ムー・パッ・クーイケムは、「塩辛炒め」と言う割にはそんなに塩辛い訳でもなく、とってもマイルドな食べやすい炒め物。
お米は当然タイ米でぱさぱさだけど、タイ風カレーにはタイ米って合うものね。
エスニック料理とは言え、そんなに辛い訳ではなく、私にも食べられるお味だった。
まぁ、屋台料理にしては美味しいかな。
友人は、パッ・パッカートドーン(高菜と卵炒め・・・辛くなくどちらかと言うと甘いらしい)、ムー・ホン(豚肉煮込み)、パッ・ペッ・クン・マクアヤオ(海老とナスのレッド・カレー)のセット。
こちらは味見はしなかったけど、香辛料が好きな人に“甘い”と書いている料理はどうだったのかしら?(笑)
カレーもそんなに赤くなかったしね(笑)


左から、プーケットビール、私が食べたお皿、友人が食べたお皿。
プーケットビール 私が食べたお皿 友人が食べたお皿

まったく、厄介な国だよ。。。

島根県の「竹島の日」条例成立に絡んで、韓国が「侵略」だと言い出しているらしい。

まったく、何言ってんだか。
“侵略”しようとしているのは韓国自身じゃないの?
竹島は、少なくとも1616年には既に日本人が韓国の鬱陵島に渡るルートとして使っていて、江戸時代から日本の地図に載っていて実質的に日本固有の領土宣言をしている。
韓国が竹島の“存在”を知ったのは日本よりかなり遅くて、1954年までその正確な位置も形も知らなかったんだよ。
1694年に朝鮮人密猟者が日本と朝鮮の間で問題となった際も、朝鮮は陸地から見える鬱陵島までを朝鮮の領土と言っている。
“陸地(半島)から見えるから”というのもかなりいい加減な理屈だと思うけど、それでも“鬱陵島まで”が朝鮮の領土と言い切って幕府と調停を結んでいるのだから、いまさら「鬱陵島から見えるから竹島も韓国の領土」とは盗人猛々しいに等しい言い草だと思う。
さらに、今度は日本が侵略?
“侵略”の意味を知って言っているのか?と言いたいよ。


日本は、朝鮮との間に1694年に領土の線引きをしているだけでなく、明治に入った1905年の2月22日に日本の領土と認める閣議決定をして、国際法上の要件だって完全に充足している。
対して韓国はと言うと、昭和27年(1952年)1月18日韓国の李承晩大統領が一方的に海洋主権宣言を出し、勝手に灯台や見張場、兵舎等を作って不法占拠している。
既に国際法上も他国の領土になっている土地に、一方的に“領土宣言”して不法占拠することが韓国人にとっては“侵略”じゃないの?
だったら、例えば、日本が済州島を“日本の領土”と宣言して灯台を作って、警察を置いてもイイって事?
それに韓国が文句を言ったら、「韓国が“日本の”領土を侵略する」って言って韓国大使館に抗議に行ってもいいのかしら?
それが許されるなら、韓国が言う、日本が嘗て行ったという行為も“侵略”じゃないんじゃないの?

日本が相手だから“ゴネ得”だと思っているのかもしれないけど、あまり国際常識からかけ離れた事をすると、国民の品位を落とすだけだと思うな。
まったく、厄介な国だよ。。。

まったく、厄介な国だよ。。。

島根県の「竹島の日」条例成立に絡んで、韓国が「侵略」だと言い出しているらしい。

まったく、何言ってんだか。
“侵略”しようとしているのは韓国自身じゃないの?
竹島は、少なくとも1616年には既に日本人が韓国の鬱陵島に渡るルートとして使っていて、江戸時代から日本の地図に載っていて実質的に日本固有の領土宣言をしている。
韓国が竹島の“存在”を知ったのは日本よりかなり遅くて、1954年までその正確な位置も形も知らなかったんだよ。
1694年に朝鮮人密猟者が日本と朝鮮の間で問題となった際も、朝鮮は陸地から見える鬱陵島までを朝鮮の領土と言っている。
“陸地(半島)から見えるから”というのもかなりいい加減な理屈だと思うけど、それでも“鬱陵島まで”が朝鮮の領土と言い切って幕府と調停を結んでいるのだから、いまさら「鬱陵島から見えるから竹島も韓国の領土」とは盗人猛々しいに等しい言い草だと思う。
さらに、今度は日本が侵略?
“侵略”の意味を知って言っているのか?と言いたいよ。


日本は、朝鮮との間に1694年に領土の線引きをしているだけでなく、明治に入った1905年の2月22日に日本の領土と認める閣議決定をして、国際法上の要件だって完全に充足している。
対して韓国はと言うと、昭和27年(1952年)1月18日韓国の李承晩大統領が一方的に海洋主権宣言を出し、勝手に灯台や見張場、兵舎等を作って不法占拠している。
既に国際法上も他国の領土になっている土地に、一方的に“領土宣言”して不法占拠することが韓国人にとっては“侵略”じゃないの?
だったら、例えば、日本が済州島を“日本の領土”と宣言して灯台を作って、警察を置いてもイイって事?
それに韓国が文句を言ったら、「韓国が“日本の”領土を侵略する」って言って韓国大使館に抗議に行ってもいいのかしら?
それが許されるなら、韓国が言う、日本が嘗て行ったという行為も“侵略”じゃないんじゃないの?

日本が相手だから“ゴネ得”だと思っているのかもしれないけど、あまり国際常識からかけ離れた事をすると、国民の品位を落とすだけだと思うな。
まったく、厄介な国だよ。。。

思い出の場所

今日は用事があって、人形町に出かけた。
此処は、10年ちょっと昔、私の職場があったところ。
その頃、“昔からあった”店は今も残っているが、その頃の“新しい”店は、殆どなくなって、別の“新しい”店に変わっている。

時を越えて残ったものは、また新しい時を超えるのか。。。
そんな事を思いながら帰ると、こんな記事が。

消えゆく老舗、喫茶店「談話室滝沢」が歴史に幕

 文化人やサラリーマンらが打ち合わせ場所として利用してきた東京の老舗喫茶店「談話室滝沢」と、無名の新人芸術家の登竜門として知られる「ギャラリー新宿高野」が今月末、その歴史に幕を下ろす。

 「サービスの質を維持できなくなった」「高齢のため引退」と理由はそれぞれだが、閉店や閉廊を惜しむ声が尽きない。

 新宿、池袋、御茶ノ水駅前に計4店舗を構える「滝沢」の開店は1966年。コーヒーなどの飲み物はすべて1000円と高めだが、入り口に日本庭園風の水鉢などがある「新宿本店」(350席)では、静かな音楽の流れる中で、多くの作家が編集者と打ち合わせをしたり、サラリーマンが商談したりしてきた。全寮制で接客マナーを厳しく鍛えた社員ウエートレスも、名物の一つだった。

 その「滝沢」も、5年前に全寮制が廃止され、寮も昨年3月になくなった。「若い人には全寮制が合わないためか人材が集まらず、今はウエートレスの8割がアルバイトとなってしまった」と、経営会社の赤木勝利専務(67)は打ち明ける。セルフサービスの喫茶店が増えたことも、「雰囲気を売る『談話室』というスタイルが時代に合わなくなった」と話す。

お茶の水の「談話室 滝沢」には学生の頃よく行った。
決して安いわけではないし、学校がお茶の水にあった訳でもないのに。。。

大学で体育会のあるクラブに入っていた当時の彼は、クラブの規則で女性との交際が禁止されていた。
それで、人目を避ける意味もあって、デートは学校から離れた所が多かった。
そして、学生が行くような場所ではなく、学生があまり行かないような場所が好ましかった。
そういう意味では、学校から離れた場所にある「談話室 滝沢」のような場所が最適だった。
静かだし、他の喫茶店に比べ長時間居ても居心地が悪くない。
椅子もテーブルも清潔だった。
何より、コーヒーを飲むのにも出されるお絞りが当時としては高級感があった。

暫くして彼がクラブを辞めたので、交際をオープンにする事ができるようになってからは、行く機会が減った。
やはり学生にコーヒー1杯1000円は高い。
自然、学校に近い渋谷の、もう少しコーヒーの安い喫茶店や、ボーリング場やビリヤード場で遊ぶことが多かった。

「談話室 滝沢」
久しく忘れていた名前だけど、懐かしい思い出の場所。
久しく行っていない場所だけど、いつまでも在って欲しかった場所。

愛が主題の物語(BlogPet)

QooQooはCOOちゃんがシナイで最後へ堕落しなかった。
そしてきょうはCOOちゃんとシナイまで解放しなかったよ。


*このエントリは、BlogPetの「QooQoo」が書きました。

懐かしき伝統とモダン

此処3年ほど恒例になっている春の旅行。
毎年、この連休に友人と出かけている。
今年は、能登・金沢へ。

いつもの様に、直前になって行き先が決まる私たち。
充分に事前調査していればもう少し安いパックもあったのかもしれないけど、連休と言う事もあって飛行機とホテルのパックはどれも高い。
能登空港には行ってみたかったし、時間がかかるからと思ったのだけど、仕方がないのでJRのフリー切符で行くことにした。
それにしても便利になったね。
新幹線と在来線を使って午前中に着く。
昔、石川県に住んでいた頃の父の出張の時は、上野から夜行電車だったものね。
上越新幹線が出来てからも、在来線の乗り継ぎが悪くて越後湯沢で暫く待たなければならなかった時期もあった。
今日の乗り換え時間は10分無かったものね。
とっても効率的だわ(^^)

日本海越後湯沢は吹雪いていた。
駅から見える景色は雪一色で、2月にスキーに来た頃と変わらないくらい積もっている。
乗り換え時間が短くてよかったよ。

直江津を出て始めに見た日本海は、冬の“日本海”らしい色をしていた。
その後はだんだんと天気が良くなってきて、親不知を通る頃には青い空と青い海。
もうすっかり春の海だ。
そういえば、新潟では雪が残っていたのに、富山に入ってからは雪が見えない。
遠くに見える立山連邦も青い部分が見える。
すっかり春のね。

金沢城 石川門金沢に着いたのは11時。
とりあえず兼六園に向かう。
朝早くから行動しているせいか、お腹が空いた。
と言う事で、兼六園近くの「御料理 たなか」でお昼。
外観は観光地にある「日本料理」風の店構えだったけど、中はモダンな感じ。
モダンと言うと、なんとなく年寄り臭いけど。。。(^^;
白木と黒い木のテーブル席で、窓の出格子から入る光が優しい。
事前に調べて入った訳ではなく、そこに在った“感じのいい店”という選択だったのだけど、後で調べたらユーミンやその他芸能人も訪れる店らしい。
本当は有名な店だったのかしら。。。(^^;

お料理は「ミニミニ加賀会席」と言うランチメニュー。
お料理には治部煮が付いているのだけど、既定のものはお肉が鶏肉らしいがやはり治部煮は鴨よね~って事で、追加料金を払って鴨肉。
食前酒(?)は地酒の天狗舞を頼んだ。
さすが金箔の街 金沢、お酒のグラスには金箔が浮かべてあった。

お酒ミニミニ加賀会席


食後の腹ごなし(? (^^; )は兼六園。
此処は、友人のリクエストの場だったのだけど、やっぱり金沢と言えばね(笑)
でもここって日本三名園の一つなんだけど、20数年前まではそんなに入場者は今ほどは居なかった。
入場無料だった頃には、“市民公園”の扱いだったのよね。
それが、金沢市としては“入場者を減らす”目的だったのだけど、入場料を取るようになってから入場者が増えた。
まぁ公園内の整備の予算が増えたのは良かったのかもしれないけど、目的は達せなかったというか、観光客ってゲンキンというか。。。(笑)

兼六園 雪吊り琴柱灯篭

兼六園はそれなりにお奨めなのだけど、私は此処では「成巽閣(せいそんかく)」がお奨め。
幕末の藩主の奥方が実際に住まわれた家で、華美ではないけど丁寧に趣向を凝らしたつくりの建物がイイ感じ。
丁度、雛人形雛道具展をやっていて、歴代の奥方のお雛様とそのお道具が展示してあった。
流石に細工がすばらしい。。。

兼六園を後にして、次は金沢城址
此処は、石川門は江戸時代のもの。
城址は、以前は金沢大学だったのだけど今は公園になっている。
中学生の頃は、県の大会でよくこの近くの体育館に来ていた。
また、大学の校舎で模擬試験を受け、憧れだったのにな。。。
今はすっかり様変わりして、だだっ広い広場。
なんだか寂しい。

城址公園を抜けて尾山神社
ここは藩祖前田利家を祀ってあって、神門が有名。
お庭も小堀遠州なんだけどね。。。
3層構造の神門の一番上の層には、ギヤマンがはめ込まれている。
(右の写真で、ギヤマンがわかるかしら。。。?)
ちょっとお洒落な感じ。
こんな洋風の門を持つ神社は、日本中を探しても多分この尾山神社だけなんじゃないかなぁ。
でも、織田信長同様、歌舞伎者だった利家にはこういうモダンな神門が似合いよね(^^)

尾山神社 神門尾山神社 神門

次は尾崎神社を目指す。
此処は徳川家康を祭った神社。
建立当初は徳川家の葵の紋が随所にちりばめられた十数棟にも及ぶ社殿があって、「金沢城の江戸」とか「北陸の日光」と呼ばれたらしい。
今はその面影は本殿の扉の葵の御紋にわずかに感じられる程度。
重要文化財に指定されている本殿、拝殿は、雪囲いに覆われていて、扉しか見られなくて残念。。。

尾崎神社

次は旧園邸。
尾崎神社の近くにあって、ガイドブックにも載っている訳ではない目立たないこじんまりとした建物。
大正7年建築の近代和風住宅で、外観は長屋門を思わせる門と塀。
門を入ると、その喧騒が嘘の様に静かな空間。
以前は住宅として使われていたものの、今は市に寄贈されてお茶会に使われるとか。
土日には公開していて、見学は無料。
入り口に見学できるような事は書いてあったのだけど、佇まいは民家。
恐る恐る戸を開け声をかけると、なからか案内の女性が出てきた。
いくつかある茶室を見せてもらったのだけど、いかにも現代の茶人が好みそうな繊細なつくり。
窓ガラスなども、今では修理が利かないとかで、茶室利用は比較的新しいお部屋に限られるそうだ。
外から見ると小さな建物だったけど、中に入ってみると意外に大きい。
お茶室も3つもある。
見学者は少ないらしいけど、ここは穴場スポットかもしれない。

懐かしき伝統とモダン

此処3年ほど恒例になっている春の旅行。
毎年、この連休に友人と出かけている。
今年は、能登・金沢へ。

いつもの様に、直前になって行き先が決まる私たち。
充分に事前調査していればもう少し安いパックもあったのかもしれないけど、連休と言う事もあって飛行機とホテルのパックはどれも高い。
能登空港には行ってみたかったし、時間がかかるからと思ったのだけど、仕方がないのでJRのフリー切符で行くことにした。
それにしても便利になったね。
新幹線と在来線を使って午前中に着く。
昔、石川県に住んでいた頃の父の出張の時は、上野から夜行電車だったものね。
上越新幹線が出来てからも、在来線の乗り継ぎが悪くて越後湯沢で暫く待たなければならなかった時期もあった。
今日の乗り換え時間は10分無かったものね。
とっても効率的だわ(^^)

日本海越後湯沢は吹雪いていた。
駅から見える景色は雪一色で、2月にスキーに来た頃と変わらないくらい積もっている。
乗り換え時間が短くてよかったよ。

直江津を出て始めに見た日本海は、冬の“日本海”らしい色をしていた。
その後はだんだんと天気が良くなってきて、親不知を通る頃には青い空と青い海。
もうすっかり春の海だ。
そういえば、新潟では雪が残っていたのに、富山に入ってからは雪が見えない。
遠くに見える立山連邦も青い部分が見える。
すっかり春のね。

金沢城 石川門金沢に着いたのは11時。
とりあえず兼六園に向かう。
朝早くから行動しているせいか、お腹が空いた。
と言う事で、兼六園近くの「御料理 たなか」でお昼。
外観は観光地にある「日本料理」風の店構えだったけど、中はモダンな感じ。
モダンと言うと、なんとなく年寄り臭いけど。。。(^^;
白木と黒い木のテーブル席で、窓の出格子から入る光が優しい。
事前に調べて入った訳ではなく、そこに在った“感じのいい店”という選択だったのだけど、後で調べたらユーミンやその他芸能人も訪れる店らしい。
本当は有名な店だったのかしら。。。(^^;

お料理は「ミニミニ加賀会席」と言うランチメニュー。
お料理には治部煮が付いているのだけど、既定のものはお肉が鶏肉らしいがやはり治部煮は鴨よね~って事で、追加料金を払って鴨肉。
食前酒(?)は地酒の天狗舞を頼んだ。
さすが金箔の街 金沢、お酒のグラスには金箔が浮かべてあった。

お酒ミニミニ加賀会席


食後の腹ごなし(? (^^; )は兼六園。
此処は、友人のリクエストの場だったのだけど、やっぱり金沢と言えばね(笑)
でもここって日本三名園の一つなんだけど、20数年前まではそんなに入場者は今ほどは居なかった。
入場無料だった頃には、“市民公園”の扱いだったのよね。
それが、金沢市としては“入場者を減らす”目的だったのだけど、入場料を取るようになってから入場者が増えた。
まぁ公園内の整備の予算が増えたのは良かったのかもしれないけど、目的は達せなかったというか、観光客ってゲンキンというか。。。(笑)

兼六園 雪吊り琴柱灯篭

兼六園はそれなりにお奨めなのだけど、私は此処では「成巽閣(せいそんかく)」がお奨め。
幕末の藩主の奥方が実際に住まわれた家で、華美ではないけど丁寧に趣向を凝らしたつくりの建物がイイ感じ。
丁度、雛人形雛道具展をやっていて、歴代の奥方のお雛様とそのお道具が展示してあった。
流石に細工がすばらしい。。。

兼六園を後にして、次は金沢城址
此処は、石川門は江戸時代のもの。
城址は、以前は金沢大学だったのだけど今は公園になっている。
中学生の頃は、県の大会でよくこの近くの体育館に来ていた。
また、大学の校舎で模擬試験を受け、憧れだったのにな。。。
今はすっかり様変わりして、だだっ広い広場。
なんだか寂しい。

城址公園を抜けて尾山神社
ここは藩祖前田利家を祀ってあって、神門が有名。
お庭も小堀遠州なんだけどね。。。
3層構造の神門の一番上の層には、ギヤマンがはめ込まれている。
(右の写真で、ギヤマンがわかるかしら。。。?)
ちょっとお洒落な感じ。
こんな洋風の門を持つ神社は、日本中を探しても多分この尾山神社だけなんじゃないかなぁ。
でも、織田信長同様、歌舞伎者だった利家にはこういうモダンな神門が似合いよね(^^)

尾山神社 神門尾山神社 神門

次は尾崎神社を目指す。
此処は徳川家康を祭った神社。
建立当初は徳川家の葵の紋が随所にちりばめられた十数棟にも及ぶ社殿があって、「金沢城の江戸」とか「北陸の日光」と呼ばれたらしい。
今はその面影は本殿の扉の葵の御紋にわずかに感じられる程度。
重要文化財に指定されている本殿、拝殿は、雪囲いに覆われていて、扉しか見られなくて残念。。。

尾崎神社

次は旧園邸。
尾崎神社の近くにあって、ガイドブックにも載っている訳ではない目立たないこじんまりとした建物。
大正7年建築の近代和風住宅で、外観は長屋門を思わせる門と塀。
門を入ると、その喧騒が嘘の様に静かな空間。
以前は住宅として使われていたものの、今は市に寄贈されてお茶会に使われるとか。
土日には公開していて、見学は無料。
入り口に見学できるような事は書いてあったのだけど、佇まいは民家。
恐る恐る戸を開け声をかけると、なからか案内の女性が出てきた。
いくつかある茶室を見せてもらったのだけど、いかにも現代の茶人が好みそうな繊細なつくり。
窓ガラスなども、今では修理が利かないとかで、茶室利用は比較的新しいお部屋に限られるそうだ。
外から見ると小さな建物だったけど、中に入ってみると意外に大きい。
お茶室も3つもある。
見学者は少ないらしいけど、ここは穴場スポットかもしれない。

美味しかったけど、物足りなかった(^^;

短い金沢観光を終えて、次は和倉温泉へ移動。
高校時代、インターハイの予選で七尾には泊まったことがあるけど、隣駅の和倉温泉は始めて。
温泉の多い石川県でも、1番古く、格式の高い温泉街。楽しみ。

駅を降りてタクシーに乗る。
ここの駅って、「和倉温泉駅」なのに、温泉街は駅から2キロ近く離れている。
って、石川県って、何処でも駅と繁華街は離れているのよね。。。
私が昔住んでいた所も、「鉄道が通ると環境が悪くなる」とかで、当時の繁華街から外れた所にJR(旧国鉄)の駅を作っていた。
でも、やはり便利さには勝てないらしく、駅の近くに人が集まるようになって、繁華街が駅の方に寄ってしまって昔の繁華街がすっかり寂れたらしい。
ここも、そんな感じで繁華街(温泉街)から駅が遠いのかなぁ。。。
温泉地の場合、私が住んでいた所と違って、温泉が出るところから旅館・ホテルが動くわけには行かず、街が駅に近寄ると言う事はないよね。
で、こんなに遠いのか。。。?

和倉の温泉街は、想像したより小さい。
実は、もっと大きな街を想像していた。
群馬の草津温泉や、兵庫の城崎温泉はかなり大きいものね。
同じ石川県でも、片山津温泉や山代温泉はもう少し大きいような気がする。
湯元を中心に七福神めぐりが設定してあるのだけど、ほんの30分ほどで周れる距離だ。

宿に着いたのは17時過ぎ。
仲居さんに総湯に行くか?と聞かれる。
今、和倉温泉ではキャンペーンをやっていて、各旅館から総湯の無料入浴と地酒、温泉卵、湯豆腐が食べられる券がもらえる。
18時までで、あまり時間がないのだけど、とりあえず行くことにした。
お風呂は混んでいたが、それなりに広いお風呂で気持ちよかった。
あまりに気持ちよくて、ちょっと長湯をした?
地酒を呑む暇が無くなってしまう。
慌てて上がって、お酒、卵、豆腐を貰うも、大広間が18時にクローズしてしまうとかで、慌てて食べる。
振る舞いが18時まででも、この総湯自体は22時まで開いているのだから大広間だけでも開けておいてくれればいいのに。。。
っていうか、常温の地酒よりビールを飲みたかったというのが本音。
湯豆腐を肴にビールを飲んで、落ち着いたところでお酒を呑みたかったな。
まぁ、「湯豆腐」は冷奴並に冷えていて、それはそれで冷たいものを欲する身体には心地よかったのだけどね(笑)

湯上り後は、温泉街を散歩。
能登大橋や能登湾の夕景を写真に撮ったり、七福神を周ったり。
って、七福神は“周る”と言うより、歩いていたら“あった”と言う感じなんだけどね(笑)
夕食を19時にお願いしていたので、19時少し前に宿に帰る。
後は、食事とお酒(^^)
同行の友人はお酒を呑めないのだけど、今回は彼女もお酒を楽しみにしているらしい。
さて、どのくらい呑めるのか。。。(笑)

夕食は、
 ・タコの柔らか煮の炊き合わせ
 ・ホテルイカの酢味噌和え
 ・ふぐ皮の酢の物
 ・イカとホッキの刺身とタイの腸の塩辛
 ・ゴマ豆腐
 ・お造り(カワハギ、鰤、甘エビ)
 ・茶碗蒸し(蟹餡かけ)
 ・焼き蟹
 ・ふぐ白子の天ぷら
 ・焼き魚(鮭)
 ・デザート(フルーツとワインゼリー)

先付け タイの腸の塩辛 
お造り 茶碗蒸し 
蟹 焼き蟹 
天ぷらと焼き魚 デザート 

タイの腸の塩辛は初めて。
イカの塩辛にちょっと似た感じ。
カワハギは、肝が濃厚で美味しかった。
白子の天ぷらは、本当に美味しかった。
蟹より美味しかったかも(笑)
実は、鮭と蟹は食べきれなくて残してしまった。

お酒は能登の地酒で、「玄宗」と「朱鷺の郷」と言うお酒。
どちらも冷酒だったので、呑口が良かった。
でも、この旅館、「お酒は冷蔵庫から出して呑んでくれ」というのだけど、300mlの冷酒が2本しか入っていなかった。
他には、ビールとワイン。
商売っ気がないというか何と言うか。。。
ちょっと物足りなかった(^^;

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