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2005年3月 Archive

のどかで暖かい北陸の春

昨日は外湯だったので、ちょっと早起きして内湯に入る。
元々海に湧いていた温泉で、湧く浦から和倉になったという和倉温泉は、塩泉で塩辛い。飲泉できるということで、ちょっと飲んでみたが。。。(^_^;

今日も天気が穏やかで暖かい。
すっかり春の気候になっている。
今日は、レンタカーで能登半島1周の予定。
能登といえば見附島?観光ポスターには必ずと言っていい程、よく出てくる。
まずは、カーナビを見附島にセットして走り出す。

能登空港ができてから、能登半島を縦断するバイパスが整備されている。
能登は海岸沿いの景色が売りの国定公園なのに、カーナビでは山の中を走るこのバイパスを選択する。
もっとも、自分の車にはカーナビを付けていないからよく解っていないだけで、経路選択の仕方があるのかもしれないけどね。
バイパスの両脇には雪が残っている。
今年は大雪だったものね。
でも、3月にしては雪が少なくて、温暖化を感じる。
友人は雪がほとんどない処の出身なので、この程度でも雪が残っている事にびっくりしていたようだった。

能登空港を過ぎると道も細くなる。これがバイパス?というような道。
そろそろ山道にも飽きてきたので、海岸に近い通りに出る。
内浦では、九十九湾が景色が良いのだけど、九十九湾に行くと少し戻る事になるので、そのまま見附島に向かって進む。
最初に出てきて海は、恋路海岸
此処は高校の臨海学校でキャンプに来たことがある。
悲恋伝説のある海岸だから?観光客は少ない。
若いカップルが弁天島に向かって歩いている。
弁天島ってカップルは行っては行けない処なのにね。

恋路海岸 弁天島 恋路海岸 

見附島見附島は恋路海岸からも見ることはできるけど、ちょっと形が違う。
恋路海岸を出て少し走るとポスターで見慣れた見附島、通称軍艦島が見えてくる。
天気は良いものの、少し冷えてきた。
レストハウスで買った暖かいコーヒーが身体にうれしい。

見附島は観光名所と言っても、軍艦島の他に何がある訳でもない。
早々に車に乗り込んで、次の目的地、曽々木海岸を目指す。
途中、時国家を見ながら、能登の外浦へ。
時国家は、平清盛の義弟で源平の合戦で能登に流された平時忠の子孫の家で、上時国家が本家、下時国家が分家らしい。
上時国家は萱葺きの大きな家で門の中に入って写真を撮ったが、国の重要文化財でもある下時国家は修復中で姿は見られなかった。
残念。

上時国家

外浦も今日は凪いでいる。
曽々木海岸は波の花と窓岩と白米千枚田(しろよねせんまいだ)で有名な処。
さすがに風はあるものの、波はそれほどでもない。
窓岩は、その名の通り、波の浸食で穴が開いた岩で国の名勝天然記念物に指定されている。
義経伝説の多い能登では、源義経が矢を射ってあけた穴とも言われているらしい。
それにしても、岩全体を浸食するのではなくこんな風に1部分を削るなんて、自然は何を思ったのか聞いてみたい気がする(笑)

 

千枚田は、山が海岸線に迫っている斜面に作られた小さな田んぼが描く幾何学模様が美しい。
本当は9月ごろの稲が実った時期や冬の雪で白くなっている時期が、そして4月の終りごろの田んぼに水が張られている時期がいいのだけど、今はちょっと中途半端かな。
それでも今日は海が青くてきれいだったので、それなりかな。
さすがに観光地、というか写真スポット。
大きな観光バスが次々来て集合写真を撮っていく。
のどかだなぁ。。。

北陸名別は神様の計らい?

総持寺祖院輪島市内を抜けて門前町の総持寺祖院へ。
総持寺祖院は、明治31年に火災で伽藍が焼けるまで此処が曹洞宗の大本山だった。
火災の後、横浜鶴見に移転したので、今は此処は“祖院”と呼ばれている。
曹洞宗の総本山というと永平寺が有名だけど、永平寺に比べこちらの方が雲水さんが和やかな感じがする。
永平寺は、中学の林間学校で合宿をした事があるが、修行の身の雲水さんには緊張感が漂っていた。
こちらの雲水さんだって無駄口をたたいている訳でも、緊張感に欠ける訳でもないのだけど、彼岸会の後片付けをしている雲水さんにはなんだか和やかなものを感じた。
御朱印も、いつもは若い雲水さんが書くらしく、今日はちょっと年配のお坊さんが「(御朱印を書くのは)久しぶりだなぁ」等と言いながら書いてくれた(笑)

そろそろ雨が落ちてきた。
そして身体もずいぶん冷えた。
門前には有名なお蕎麦の店があるので、お蕎麦を食べたいなぁと思ったのだけど、時間はもう14時半。
お店は閉まっていたので、ちょうど町のお祭り、といっても小さな“イベント”で出しているお蕎麦を食べた。
自然薯をつなぎに使っているというお蕎麦は喉越しもよく美味しい。
暖かいお蕎麦を食べて、お腹も暖かくなった。
お腹が暖かくなると、幸せな気分になる(笑)

幸せな気分になった処で、今度は能登金剛。
能登金剛は、昭和43年(1968年)に「能登半島国定公園」の指定を受けた時に、岩礁の美しさで有名な朝鮮半島の金剛山に勝るとも劣らないとして付けられたらしい。
先ずは関野鼻
少し離れた処に駐車場があって、関野鼻の全景が見える場所がる。
関野鼻が見えるということは、ここも道の横は海に切り立った崖になっている。
「合掌」と書いた石が置いてあった。
此処から飛び降りる人もいるのかしら。
お腹が幸せな時に来て良かった(笑)

関野鼻は風が強かった。
かなり重い私でも風に飛ばされそうになる。
此処から見えるヤセの断崖の写真を撮っている足元が危ない。
風の強さと高所恐怖所のせいで、友人はヤセの断崖はパスしたいと言う。
パスして義経の舟隠しに行く。
義経が頼朝に追われて奥州に逃げた道筋には諸説があるらしいけど、能登にも義経伝説が多い。
関野鼻にも義経が一太刀で割った「義経一太刀岩」とか「弁慶二太刀岩」があるけど、此処「義経の舟隠し」は、能登沖で激しい嵐に遭った義経が48隻の舟を隠したといい伝えられている場所。
リアス式海岸で、波に深くえぐられた地形はなるほど舟を隠すのに都合がよい。
ここも、能登でははずせない景勝地のひとつ。
実は、此処の近くに駐車場がなかったので、車はヤセの断崖の傍においてきた。
あまり気の進まない友人をヤセの断崖への遊歩道へ誘う。
此処は波の浸食で、海へほぼ垂直に崖が切り立っていてその高さは35mだとか。
以前は、岩の先端まで行けたのだけど、最近は岩の風化が進んでいて、かなり手前の所に柵が設けてある。
まぁ、その柵を乗り越える人も多いのだろうけどね。
って、実際、私たちの目の前でも若い女の子が柵を乗り越えて写真を撮っていた。
松本清張の「ゼロの焦点」の舞台となったヤセの断崖は、自殺も多いのだろう。
遊歩道には自殺を思いとどまらせるような標語があちこちに掲げられている。

左から関野鼻(遠景)、ヤセの断崖(遠景)、義経の舟隠し
関野鼻 ヤセの断崖 義経の舟隠し 

この頃になると、風だけでなく雨も強くなってきた。
まぁ、自殺の名所だとしたらこの天気もお似合いなのかもしれない。
しかし、海は蒼く深い。
こんなに寒いのに、海に飛び込む気にはならないよなぁ。。。
それに、こんなに雄大な自然を見たら自殺なんてとんでもない感じなんだけどね。。。


妙成寺さて、自殺の名所(?)の次はお寺と神社へ。
羽咋(はくい)市にある妙成寺(みょうじょうじ)に着いたのは17時ちょっと前。
どこで時間を取りすぎたのか。。。時間切れで拝観できなかった。
此処は日蓮宗のお寺で、五重塔他10の建物が国の重要文化財に指定されている。
近くの気多大社には小学校の頃の遠足で来たことがあるけど、此処には来たことはない。
残念だったな。

神社なら入れるだろうか。。。
気多大社に急ぐも、此処もアウト。神門が閉まっている。
能登一宮の気多大社は、崇神天皇が勧請したと言われる。
大友家持も参拝したと言われ、北陸にありながら古代からの歴史がある神社。
気持ちが綺麗になる神社と言われ、私も何度か来ている。
近くに折口信夫、忍親子の生家があり、境内に句碑もある。
それらが見られないのは残念だけど、神門の前で参拝。
神門の隙間から拝殿の写真を撮る(^_^;

神門 拝殿

あぁ。。。
そんなセコさが神様の怒りを買ったのか、大粒の雨が降り出した。
未だかろうじて開いていた社務所で御朱印を頂きながら雨宿りをしたけど、止む気配はない。
急いで車に乗り込むと、天気の神様はバケツをひっくり返したようだ。
間一髪(^_^;
未だ、神様には見放されてはいないらしい。

さて、金沢に急ぎますか。
この雨じゃ千里浜を通ってもつまらないと高速に乗る。
ふと見ると、窓ガラスに当たる雨の粒に白い塊が混じっている。
霙だ。
窓の外は暗い。
未だ17時半だよ。
と思ううちに、海の上では雷。
くるくる変わる天気、特ににわか雨と雷は北陸名別だものね。
まぁ、北陸初心者の友人には丁度良かったかも(笑)


北陸名別は神様の計らい?

総持寺祖院輪島市内を抜けて門前町の総持寺祖院へ。
総持寺祖院は、明治31年に火災で伽藍が焼けるまで此処が曹洞宗の大本山だった。
火災の後、横浜鶴見に移転したので、今は此処は“祖院”と呼ばれている。
曹洞宗の総本山というと永平寺が有名だけど、永平寺に比べこちらの方が雲水さんが和やかな感じがする。
永平寺は、中学の林間学校で合宿をした事があるが、修行の身の雲水さんには緊張感が漂っていた。
こちらの雲水さんだって無駄口をたたいている訳でも、緊張感に欠ける訳でもないのだけど、彼岸会の後片付けをしている雲水さんにはなんだか和やかなものを感じた。
御朱印も、いつもは若い雲水さんが書くらしく、今日はちょっと年配のお坊さんが「(御朱印を書くのは)久しぶりだなぁ」等と言いながら書いてくれた(笑)

そろそろ雨が落ちてきた。
そして身体もずいぶん冷えた。
門前には有名なお蕎麦の店があるので、お蕎麦を食べたいなぁと思ったのだけど、時間はもう14時半。
お店は閉まっていたので、ちょうど町のお祭り、といっても小さな“イベント”で出しているお蕎麦を食べた。
自然薯をつなぎに使っているというお蕎麦は喉越しもよく美味しい。
暖かいお蕎麦を食べて、お腹も暖かくなった。
お腹が暖かくなると、幸せな気分になる(笑)

幸せな気分になった処で、今度は能登金剛。
能登金剛は、昭和43年(1968年)に「能登半島国定公園」の指定を受けた時に、岩礁の美しさで有名な朝鮮半島の金剛山に勝るとも劣らないとして付けられたらしい。
先ずは関野鼻
少し離れた処に駐車場があって、関野鼻の全景が見える場所がる。
関野鼻が見えるということは、ここも道の横は海に切り立った崖になっている。
「合掌」と書いた石が置いてあった。
此処から飛び降りる人もいるのかしら。
お腹が幸せな時に来て良かった(笑)

関野鼻は風が強かった。
かなり重い私でも風に飛ばされそうになる。
此処から見えるヤセの断崖の写真を撮っている足元が危ない。
風の強さと高所恐怖所のせいで、友人はヤセの断崖はパスしたいと言う。
パスして義経の舟隠しに行く。
義経が頼朝に追われて奥州に逃げた道筋には諸説があるらしいけど、能登にも義経伝説が多い。
関野鼻にも義経が一太刀で割った「義経一太刀岩」とか「弁慶二太刀岩」があるけど、此処「義経の舟隠し」は、能登沖で激しい嵐に遭った義経が48隻の舟を隠したといい伝えられている場所。
リアス式海岸で、波に深くえぐられた地形はなるほど舟を隠すのに都合がよい。
ここも、能登でははずせない景勝地のひとつ。
実は、此処の近くに駐車場がなかったので、車はヤセの断崖の傍においてきた。
あまり気の進まない友人をヤセの断崖への遊歩道へ誘う。
此処は波の浸食で、海へほぼ垂直に崖が切り立っていてその高さは35mだとか。
以前は、岩の先端まで行けたのだけど、最近は岩の風化が進んでいて、かなり手前の所に柵が設けてある。
まぁ、その柵を乗り越える人も多いのだろうけどね。
って、実際、私たちの目の前でも若い女の子が柵を乗り越えて写真を撮っていた。
松本清張の「ゼロの焦点」の舞台となったヤセの断崖は、自殺も多いのだろう。
遊歩道には自殺を思いとどまらせるような標語があちこちに掲げられている。

左から関野鼻(遠景)、ヤセの断崖(遠景)、義経の舟隠し
関野鼻 ヤセの断崖 義経の舟隠し 

この頃になると、風だけでなく雨も強くなってきた。
まぁ、自殺の名所だとしたらこの天気もお似合いなのかもしれない。
しかし、海は蒼く深い。
こんなに寒いのに、海に飛び込む気にはならないよなぁ。。。
それに、こんなに雄大な自然を見たら自殺なんてとんでもない感じなんだけどね。。。


妙成寺さて、自殺の名所(?)の次はお寺と神社へ。
羽咋(はくい)市にある妙成寺(みょうじょうじ)に着いたのは17時ちょっと前。
どこで時間を取りすぎたのか。。。時間切れで拝観できなかった。
此処は日蓮宗のお寺で、五重塔他10の建物が国の重要文化財に指定されている。
近くの気多大社には小学校の頃の遠足で来たことがあるけど、此処には来たことはない。
残念だったな。

神社なら入れるだろうか。。。
気多大社に急ぐも、此処もアウト。神門が閉まっている。
能登一宮の気多大社は、崇神天皇が勧請したと言われる。
大友家持も参拝したと言われ、北陸にありながら古代からの歴史がある神社。
気持ちが綺麗になる神社と言われ、私も何度か来ている。
近くに折口信夫、忍親子の生家があり、境内に句碑もある。
それらが見られないのは残念だけど、神門の前で参拝。
神門の隙間から拝殿の写真を撮る(^_^;

神門 拝殿

あぁ。。。
そんなセコさが神様の怒りを買ったのか、大粒の雨が降り出した。
未だかろうじて開いていた社務所で御朱印を頂きながら雨宿りをしたけど、止む気配はない。
急いで車に乗り込むと、天気の神様はバケツをひっくり返したようだ。
間一髪(^_^;
未だ、神様には見放されてはいないらしい。

さて、金沢に急ぎますか。
この雨じゃ千里浜を通ってもつまらないと高速に乗る。
ふと見ると、窓ガラスに当たる雨の粒に白い塊が混じっている。
霙だ。
窓の外は暗い。
未だ17時半だよ。
と思ううちに、海の上では雷。
くるくる変わる天気、特ににわか雨と雷は北陸名別だものね。
まぁ、北陸初心者の友人には丁度良かったかも(笑)


加賀の郷土料理とお酒でお腹も幸せ

金沢に着く頃には雨は上がっている。
まぁ、私が外に出るときには雨は降らないもの(笑)
駅でレンタカーを返した。
通常、借りた所と返す所が違う場合は“乗り捨て料金”がかかるのだけどニッポンレンタカーって乗り捨て場所が県内だったら無料なのね。
安く上がってよかったわ。

ホテルにチェックインをして、未だ時間もそんなに遅くないからとちょっと街歩きをすることにした。
が。。。
バスに乗って東の茶屋街に着く頃には雨(>_<)
それもかなり冷たい雨。
雨に当たるとちょっと痛かったから、霙じゃなくて霰が混じっていたかも。。。

東の茶屋街

街を歩く気力も失せて、早々に駅前のホテル近くに戻る。
ホテルの近くで食事でもと思ったが、どこも混んでいて入れない。
雨だものね。。。
昔は金沢の駅前って都ホテルしかなかったのに、今はAPAホテルやANAホテル、その他にもいくつもホテルができていて、駅前も賑やかになっている。
とは言え、繁華街ではないので、飲食店は少ない。
どこも30分近くの待ちだという。
こんな冷たい雨の中、空腹を抱えて30分も待つなんて事はできない。
元来、待つのは嫌いなんだもの(^_^;)

仕方がないので泊まるホテルの地下の居酒屋、「北の庄屋」へ。
一応観光地のホテルの付属施設だからなのか?メニューはご当地モノが多い(笑)

北陸の珍味としては
 ・ごりの佃煮
 ・ホタルイカの沖漬け
 ・ふぐの粕漬け
加賀料理として
 ・治部煮
 ・加賀芋の磯辺揚げ
 ・イシリ鍋
そしてもちろん刺身は欠かせない(笑)
ご当地メニューの他に、
 ・刺身盛り合わせ(鯛、ブリ、マグロ、イカ、甘エビ)
 ・小いわしの天ぷら
 ・牛肉のほうば焼き
を頼んだ。
お酒は、もちろん地酒の菊姫と加賀鳶。

治部煮とイシリ鍋はテーブルで炊く。
目の前に火があるとなんとなく暖かい。
お酒と合わせて、冷えた身体が暖まってくる。
また、幸せな気分になってきた(^^)

1日車に乗っていて疲れていたのか、いい感じで酔った。
といっても、ホテルはこの上だから帰りも安心(笑)
今日も満足♪


左上からごりの佃煮、ホタルイカの沖漬け、ふぐの粕漬け、治部煮。

ごりの佃煮 ホタルイカの沖漬け
ふぐの粕漬け 治部煮

武家の街金沢

最終日の金沢は、夕べとは打って変わって綺麗な晴天。
空には雲ひとつない。
金沢でこんな天気にお目にかかれるなんて、よっぽど日ごろの行いがいいのかしら?(^^ゞ

もう千葉に越してきた高校生の頃、金沢の3大文豪の一人、室生犀星の詩の書評を書いた事があった。
その時、室生犀星の詩の、ある種の暗さは、幼いときに親と別れたというだけでなく、この北陸特有の天気もあるんじゃないかと書いたことがあった。
暗く立ち込める北陸の冬の雲を見ながらのお寺で、自分の内を見つめる生活がああいう詩を書かせたのではないかと。
今日初めて金沢に来た人は、そんな事は思わないだろうな。。。

今日の目的地は先ず忍者寺
正式には正久山妙立寺と言う日蓮宗のお寺で、加賀藩の祈願所だった。
金沢城から見て、犀川の外側にあって、金沢に入る隠密の見張り所も兼ね、また幕府に攻め込まれた時に備えた出城も兼ねていた。
忍者寺と言われる所以はその造り、要はからくり屋敷なのよね。
一見2階建ての建物は4階7層で、当時は幕府からのお達しで2階以上の建物は作れなかった為隠し階段や隠し扉があちこちにある。
また出城の働きを兼ねたり、殿様が参拝する関係からも隠し出入り口や、落とし穴なども。
その内部は迷路で、案内なしには入れない。
という訳でお寺に入るのに予約が必要なのよね。

門 本堂

金沢駅で予約の電話をすると、2人なら入れると言う。
急いでタクシーに乗り込みお寺に向かうと、予約した回の受付が始まった所だった。
此処は小学生の頃、何かの催しで来たことがある。
ガイドさんの説明を聞きながら、意外に覚えていたのに我ながらびっくり(笑)
金沢は戦災にも遭わなかったから、370年も前のお寺が建立当時のまま残っているのよね。
そういえば、今回の旅行で、此処が一番人が多かったかも(笑)

この辺りは寺町でお寺が多い。
加賀藩の政策でお寺は犀川の外と浅野川の外の2箇所に集められた。
この金沢は京都とは違い、前田利家が入ってきてから整備された武士の街なので、城を守る為にかなり気を使った造りになっている。
お寺を集めたのもその政策の一つなのよね。
また、京都のように“大本山”と言うような大きなお寺は少ない。
小さなお寺が集まっていて、丁度京都の妙法寺の塔中のようにお寺が寄せ集まっているという感じ。

忍者寺を出て犀川沿いに少し下るとにし茶屋街
お茶屋も、藩の政策で浅野川と犀川の辺に集められた。
ここ浅野川沿いにあるのが西の茶屋街で、金沢城から見て犀川の内側にあるのが主計町(かずえまち)、外側にあるのが東の茶屋街。

美川町出身の作家、島田清次郎が幼少期を過ごした場所は西茶屋資料館として島田清次郎の資料が展示され、昔のお茶屋の部屋を再現して公開している。
しかし、此処は小さい。
ほんの100mほどの通りだものね。。。

にし茶屋街 西の検番 お茶屋の中


茶屋街から少し川寄りに室生犀星が育った雨宝院がある。
此処は小さいお寺で、犀星ゆかりのモノが展示してあるらしい。

川を渡ると長町の武家屋敷跡。
此処は確か、日本で一番最初に景観を整備した街。
といっても、通りと通りに沿った壁を昔風に直しただけで、公開している家もあるものの殆どの家では今も人が生活をしている。
前に来たときは、未だ通りを工事している最中だった。
此処では、通りの入り口にある前田土佐守家資料館に寄る。
前田利家の次男前田利政を家祖とする前田土佐守家所蔵の資料を展示している所。
前田家は、この土佐守家に限らず、文書の収集、保存、保管に努めてきた。
5代藩主の収集品は加賀文庫と言われている。
今は「江戸時代グルメ事情」と題して、江戸時代の料理本の展示があった。
材料の分量や作り方が書いてあって、なかなか面白い。

武家屋敷跡を歩くとあめの俵屋があった。
内心、此処だっけ?と思ったのは内緒(笑)
此処は本店ではないよね?
他の所にもっと大きなお店があったはずだもの。。。
ここの飴は、お米で作る純健康食品。
乳飲み子を抱えながらも母乳が出ず困り果てていた母親達の姿を見て、何とか母乳のかわりになる栄養価の高い食品はないかと考えた末に作り上げたのがはじめといわれている。
あまり甘いものを食べない私でも美味しく食べられる飴で、調味料としても使える飴なのよね。

あめの俵屋 武家屋敷跡 武家屋敷跡


武家の街金沢

最終日の金沢は、夕べとは打って変わって綺麗な晴天。
空には雲ひとつない。
金沢でこんな天気にお目にかかれるなんて、よっぽど日ごろの行いがいいのかしら?(^^ゞ

もう千葉に越してきた高校生の頃、金沢の3大文豪の一人、室生犀星の詩の書評を書いた事があった。
その時、室生犀星の詩の、ある種の暗さは、幼いときに親と別れたというだけでなく、この北陸特有の天気もあるんじゃないかと書いたことがあった。
暗く立ち込める北陸の冬の雲を見ながらのお寺で、自分の内を見つめる生活がああいう詩を書かせたのではないかと。
今日初めて金沢に来た人は、そんな事は思わないだろうな。。。

今日の目的地は先ず忍者寺
正式には正久山妙立寺と言う日蓮宗のお寺で、加賀藩の祈願所だった。
金沢城から見て、犀川の外側にあって、金沢に入る隠密の見張り所も兼ね、また幕府に攻め込まれた時に備えた出城も兼ねていた。
忍者寺と言われる所以はその造り、要はからくり屋敷なのよね。
一見2階建ての建物は4階7層で、当時は幕府からのお達しで2階以上の建物は作れなかった為隠し階段や隠し扉があちこちにある。
また出城の働きを兼ねたり、殿様が参拝する関係からも隠し出入り口や、落とし穴なども。
その内部は迷路で、案内なしには入れない。
という訳でお寺に入るのに予約が必要なのよね。

門 本堂

金沢駅で予約の電話をすると、2人なら入れると言う。
急いでタクシーに乗り込みお寺に向かうと、予約した回の受付が始まった所だった。
此処は小学生の頃、何かの催しで来たことがある。
ガイドさんの説明を聞きながら、意外に覚えていたのに我ながらびっくり(笑)
金沢は戦災にも遭わなかったから、370年も前のお寺が建立当時のまま残っているのよね。
そういえば、今回の旅行で、此処が一番人が多かったかも(笑)

この辺りは寺町でお寺が多い。
加賀藩の政策でお寺は犀川の外と浅野川の外の2箇所に集められた。
この金沢は京都とは違い、前田利家が入ってきてから整備された武士の街なので、城を守る為にかなり気を使った造りになっている。
お寺を集めたのもその政策の一つなのよね。
また、京都のように“大本山”と言うような大きなお寺は少ない。
小さなお寺が集まっていて、丁度京都の妙法寺の塔中のようにお寺が寄せ集まっているという感じ。

忍者寺を出て犀川沿いに少し下るとにし茶屋街
お茶屋も、藩の政策で浅野川と犀川の辺に集められた。
ここ浅野川沿いにあるのが西の茶屋街で、金沢城から見て犀川の内側にあるのが主計町(かずえまち)、外側にあるのが東の茶屋街。

美川町出身の作家、島田清次郎が幼少期を過ごした場所は西茶屋資料館として島田清次郎の資料が展示され、昔のお茶屋の部屋を再現して公開している。
しかし、此処は小さい。
ほんの100mほどの通りだものね。。。

にし茶屋街 西の検番 お茶屋の中


茶屋街から少し川寄りに室生犀星が育った雨宝院がある。
此処は小さいお寺で、犀星ゆかりのモノが展示してあるらしい。

川を渡ると長町の武家屋敷跡。
此処は確か、日本で一番最初に景観を整備した街。
といっても、通りと通りに沿った壁を昔風に直しただけで、公開している家もあるものの殆どの家では今も人が生活をしている。
前に来たときは、未だ通りを工事している最中だった。
此処では、通りの入り口にある前田土佐守家資料館に寄る。
前田利家の次男前田利政を家祖とする前田土佐守家所蔵の資料を展示している所。
前田家は、この土佐守家に限らず、文書の収集、保存、保管に努めてきた。
5代藩主の収集品は加賀文庫と言われている。
今は「江戸時代グルメ事情」と題して、江戸時代の料理本の展示があった。
材料の分量や作り方が書いてあって、なかなか面白い。

武家屋敷跡を歩くとあめの俵屋があった。
内心、此処だっけ?と思ったのは内緒(笑)
此処は本店ではないよね?
他の所にもっと大きなお店があったはずだもの。。。
ここの飴は、お米で作る純健康食品。
乳飲み子を抱えながらも母乳が出ず困り果てていた母親達の姿を見て、何とか母乳のかわりになる栄養価の高い食品はないかと考えた末に作り上げたのがはじめといわれている。
あまり甘いものを食べない私でも美味しく食べられる飴で、調味料としても使える飴なのよね。

あめの俵屋 武家屋敷跡 武家屋敷跡


美味しいプチオフ

この後は今日のメインイベント?(笑)
小松弥助というお寿司屋さんで、金沢在住の女性を交えてプチオフ(^^)

このお店は、以前は小松市にあったものが今は金沢に移転してきている。
小松にあったときも有名な店だったけど、先日テレビで銀座久兵衛の旦那さんが「日本一美味しい」と言っていた。
カウンターとテーブルが2つだけの小さい店で、当然予約が必要。
予約のないお客さんが何組か来ていたけど、断られていた。
私たちは予約はしていたものの、金沢の女性が店が解らなくて迷っていたので、注文もせずにかなりの時間、席を占領していた。
悪かったなぁ。。。

席に着くと、綺麗な金沢水引の飾りのあるお箸。
おしゃれだわ。
そういえば、此処のお店は、以前は魯山人の器しか使わなかったのよね。

お昼のコースは3000円。
 ・イカ☆
 ・甘エビ☆
 ・鯛☆
 ・炙りマグロ☆
 ・蛤☆
 ・マグロのぶつとウニの山掛け
 (茶碗に握ったご飯が入って、その上に魚が乗ってきた)
 ・うなぎ♪
 ・味噌汁

 ・ネギトロ♪
 ・蒸しあわび☆

☆は握りで♪は巻物

イカは、薄いイカの身を3枚に下ろして細かく切ってあり、歯切れがいい。
塩がイカの甘さを引き出して、ゴマの香りもイイ。
思わず美味しい~と声が出てしまう。
甘エビも新鮮なものが2尾。
他のネタもすべて細かい仕事がしてあって、これで3000円は安い。

いつもは10カンも食べられないのに、此処はシャリが小さめということもあったのとあまりの美味しさに、ネギトロと蒸しあわびを追加しちゃった。
ネギトロは、専用のまな板でトロのぶつ切りと白髪ネギを叩いて作る。
彼女を待っている間、旦那さんの作る手元を見ていたのだけど、目に毒だったわ。
だって、美味しそうなのにお預け食らっているのだもの(笑)

店内 金沢水引
山掛け うなぎ
ネギトロ ネギトロ

女が3人寄れば姦しいと言うけど、よくしゃべった。
いや、そんなに姦しくはなかったと思うけど。。。(笑)
この女性とは、1年半ほど前に京都で会っている。
友人のBBSで知り合った人で、私が京都に旅行に行ったとき、金沢からざわざわ会いに来てくれた。
その後、いつか金沢で会おうと話していたのだけど、やっと実現。
でも、彼女、息子さんの進学や引越しの準備でかなり忙しかったらしい。
金沢に来る前日にメールして急遽、会う事にしたのだけど、忙しい中、出てきてくれて嬉しかった。
今度はもっとゆっくり会いたいね。

美味しいプチオフ

この後は今日のメインイベント?(笑)
小松弥助というお寿司屋さんで、金沢在住の女性を交えてプチオフ(^^)

このお店は、以前は小松市にあったものが今は金沢に移転してきている。
小松にあったときも有名な店だったけど、先日テレビで銀座久兵衛の旦那さんが「日本一美味しい」と言っていた。
カウンターとテーブルが2つだけの小さい店で、当然予約が必要。
予約のないお客さんが何組か来ていたけど、断られていた。
私たちは予約はしていたものの、金沢の女性が店が解らなくて迷っていたので、注文もせずにかなりの時間、席を占領していた。
悪かったなぁ。。。

席に着くと、綺麗な金沢水引の飾りのあるお箸。
おしゃれだわ。
そういえば、此処のお店は、以前は魯山人の器しか使わなかったのよね。

お昼のコースは3000円。
 ・イカ☆
 ・甘エビ☆
 ・鯛☆
 ・炙りマグロ☆
 ・蛤☆
 ・マグロのぶつとウニの山掛け
 (茶碗に握ったご飯が入って、その上に魚が乗ってきた)
 ・うなぎ♪
 ・味噌汁

 ・ネギトロ♪
 ・蒸しあわび☆

☆は握りで♪は巻物

イカは、薄いイカの身を3枚に下ろして細かく切ってあり、歯切れがいい。
塩がイカの甘さを引き出して、ゴマの香りもイイ。
思わず美味しい~と声が出てしまう。
甘エビも新鮮なものが2尾。
他のネタもすべて細かい仕事がしてあって、これで3000円は安い。

いつもは10カンも食べられないのに、此処はシャリが小さめということもあったのとあまりの美味しさに、ネギトロと蒸しあわびを追加しちゃった。
ネギトロは、専用のまな板でトロのぶつ切りと白髪ネギを叩いて作る。
彼女を待っている間、旦那さんの作る手元を見ていたのだけど、目に毒だったわ。
だって、美味しそうなのにお預け食らっているのだもの(笑)

店内 金沢水引
山掛け うなぎ
ネギトロ ネギトロ

女が3人寄れば姦しいと言うけど、よくしゃべった。
いや、そんなに姦しくはなかったと思うけど。。。(笑)
この女性とは、1年半ほど前に京都で会っている。
友人のBBSで知り合った人で、私が京都に旅行に行ったとき、金沢からざわざわ会いに来てくれた。
その後、いつか金沢で会おうと話していたのだけど、やっと実現。
でも、彼女、息子さんの進学や引越しの準備でかなり忙しかったらしい。
金沢に来る前日にメールして急遽、会う事にしたのだけど、忙しい中、出てきてくれて嬉しかった。
今度はもっとゆっくり会いたいね。

文化の街金沢

食後は彼女に送ってもらって、東の茶屋街へ。
石川近代文学館その前に、旧制四校の石川近代文学館へ寄ってもらう。
石川近代文学館は、明治24年(1891年)建築の旧制第四高等学校の赤いレンガの校舎で、重要文化財に指定されている。
金沢の3大文豪と言われる室生犀星、泉鏡花、徳田秋声など郷土出身者や、井上靖や中野重治といった金沢ゆかりの作家の作品や資料を保存展示してある。
今回は写真を撮っただけだけど、そういうのが好きな人にはイイ資料館だと思う。
そういえば、金沢って、パリのカルネのように、いくつかの博物館、文化施設のパスポート券があるのよね。
そういった意味では、東京や京都に比べてアカデミックな部分で人(お財布?)に優しい街かも。


石川近代文学館東の茶屋街は昨日のリベンジ。
写真は昨日雨(雪?)の中撮った店。
まぁ夜の方が雰囲気はあるけどね(笑)

東の茶屋街は正式には東山茶屋街とい言うのかな?
ネットで調べたら、そうなっていた。
ここも昔からの建物は少なく町並みを再現した所だけど、やはり紅殻格子は外せない。
右の写真の建物が、加賀の町屋の形を再現してある建物らしい。
特徴は、2階の雨戸。
そういえば、京都の町屋って、雨戸がこんなに張り出していない。
雨戸の分だけ、1階より2階が張り出している。

東の茶屋街 東の茶屋街

町全体はこんな感じ。
ここの街灯はガス灯。
昼は解らないけど、夜見ると明かりが軟らかい。

東の茶屋街


箔座の蔵金沢と言えば金箔。
あぶら取り紙は京都が有名だけど、京都が有名になる前というか、ご当地あぶら取り紙(?)の走りは、この金沢じゃないかと思う。
金箔を打つときに使った打ち紙をあぶら取り紙として売り出してたのは、もう20年以上も前。
この茶屋街にもそんな金箔屋さんがある。
ここの金箔屋さん、店内に金箔で覆った蔵まで展示してある。
蔵の内も外も金ピカ(笑)

そして、せっかく東に来たのだから、志摩は行っとかないとね(笑)
此処は数少ない昔のお茶屋の建物がそのまま残っている処で、国の重要文化財に指定されている。
一般公開されていて、HPには有料と書いてあったけど、お金払ったっけ?(^_^;

2階座敷 1階支度部屋
1階勝手 1階帳場

お客さんを通すのは2階だけで1階は女将さんの部屋だとかで、1階と2階では設えも雰囲気もまったく違う。
2階は赤色を基調としていて“いかにも”遊び場だけど、1階は実に質素。


そろそろ金沢での時間も終りに近づいてきた。
川向こうの茶屋街、主計町を軽く歩いて、近江町市場に寄って駅に向かうことにした。。。
が。。。
主計町を出たらもう時間がない。
タクシーを拾って駅に向かったら、本当に時間ぎりぎり。
お土産に芝寿司の「笹寿司」を買いたかったのに、買う時間もなく。
まぁ、電車に乗り遅れなくて良かったというところかな。
笹寿司は、帰りの電車の中でも売っているけど、芝寿司のが美味しいのよね。。。
今度鎌倉に行ったら買ってこよう(笑)
(鎌倉のお店は、すぐ売り切れちゃうのよね。。。)

なんとなく時間に追われた感もあるけど、美味しいモノを食べ、美味しいお酒を飲んで、イイお湯に浸かって、イイ景色を見た。
盛りだくさんのイイ旅だった。

文化の街金沢

食後は彼女に送ってもらって、東の茶屋街へ。
石川近代文学館その前に、旧制四校の石川近代文学館へ寄ってもらう。
石川近代文学館は、明治24年(1891年)建築の旧制第四高等学校の赤いレンガの校舎で、重要文化財に指定されている。
金沢の3大文豪と言われる室生犀星、泉鏡花、徳田秋声など郷土出身者や、井上靖や中野重治といった金沢ゆかりの作家の作品や資料を保存展示してある。
今回は写真を撮っただけだけど、そういうのが好きな人にはイイ資料館だと思う。
そういえば、金沢って、パリのカルネのように、いくつかの博物館、文化施設のパスポート券があるのよね。
そういった意味では、東京や京都に比べてアカデミックな部分で人(お財布?)に優しい街かも。


石川近代文学館東の茶屋街は昨日のリベンジ。
写真は昨日雨(雪?)の中撮った店。
まぁ夜の方が雰囲気はあるけどね(笑)

東の茶屋街は正式には東山茶屋街とい言うのかな?
ネットで調べたら、そうなっていた。
ここも昔からの建物は少なく町並みを再現した所だけど、やはり紅殻格子は外せない。
右の写真の建物が、加賀の町屋の形を再現してある建物らしい。
特徴は、2階の雨戸。
そういえば、京都の町屋って、雨戸がこんなに張り出していない。
雨戸の分だけ、1階より2階が張り出している。

東の茶屋街 東の茶屋街

町全体はこんな感じ。
ここの街灯はガス灯。
昼は解らないけど、夜見ると明かりが軟らかい。

東の茶屋街


箔座の蔵金沢と言えば金箔。
あぶら取り紙は京都が有名だけど、京都が有名になる前というか、ご当地あぶら取り紙(?)の走りは、この金沢じゃないかと思う。
金箔を打つときに使った打ち紙をあぶら取り紙として売り出してたのは、もう20年以上も前。
この茶屋街にもそんな金箔屋さんがある。
ここの金箔屋さん、店内に金箔で覆った蔵まで展示してある。
蔵の内も外も金ピカ(笑)

そして、せっかく東に来たのだから、志摩は行っとかないとね(笑)
此処は数少ない昔のお茶屋の建物がそのまま残っている処で、国の重要文化財に指定されている。
一般公開されていて、HPには有料と書いてあったけど、お金払ったっけ?(^_^;

2階座敷 1階支度部屋
1階勝手 1階帳場

お客さんを通すのは2階だけで1階は女将さんの部屋だとかで、1階と2階では設えも雰囲気もまったく違う。
2階は赤色を基調としていて“いかにも”遊び場だけど、1階は実に質素。


そろそろ金沢での時間も終りに近づいてきた。
川向こうの茶屋街、主計町を軽く歩いて、近江町市場に寄って駅に向かうことにした。。。
が。。。
主計町を出たらもう時間がない。
タクシーを拾って駅に向かったら、本当に時間ぎりぎり。
お土産に芝寿司の「笹寿司」を買いたかったのに、買う時間もなく。
まぁ、電車に乗り遅れなくて良かったというところかな。
笹寿司は、帰りの電車の中でも売っているけど、芝寿司のが美味しいのよね。。。
今度鎌倉に行ったら買ってこよう(笑)
(鎌倉のお店は、すぐ売り切れちゃうのよね。。。)

なんとなく時間に追われた感もあるけど、美味しいモノを食べ、美味しいお酒を飲んで、イイお湯に浸かって、イイ景色を見た。
盛りだくさんのイイ旅だった。

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