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近江商人の町で豪商の家々を見る

近江八幡の駅からバスに乗って、近江商人の町並みが残る新町に行く。
「小幡資料館前」でバスを降りて、少し戻って新町通りに出ると大きな公共駐車場があって、初めての観光客でも此処が近江八幡の観光の中心と解る。


天秤棒を担いで全国を歩いたという近江商人は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の“三方よし”と商売とは関係なく社会貢献をする“陰徳善事”を理念に商売をして、現伊藤忠商事を初め、丸紅、高島屋、大丸、西武グループ、日本生命、ヤンマーディーゼル、武田薬品、布団の西川産業、足袋の福助と近代まで綿々と続く大企業家を生んでいる。
品薄の時に値上げをして利益を得るのを潔しとせず、社会貢献はするけどそれで“名前を売る”のを潔しとしないだなんて、昨今話題のIT社長に聞かせたい言葉ではあるけど、IT企業に限らす最近はこういう“徳”って無くなったよね。。。
メンソレータムの近江兄弟社もこの地の出で、この町に学校を持っている。
さっき電車で「近江兄弟学園」という看板を見て「近江兄弟って会社の名前じゃなかったっけ?」と思ったのだけど、その学校は近江兄弟社が創った学校だったらしい。

旧伴家住宅実際に街を歩いてみると、近江八幡は“天秤棒を担いで”には程遠い“豪商”が多いのがわかる。
伴家、西川家と言う公開されている豪商だけでなく、新町通りに軒を連ねる家はどれも軒の低い平屋か2階屋で建物は京都の大きなお寺の宇堂に匹敵する?と思う程大きい。
通りに面した家屋は今もお住まいの民家ばかりで中を見ることが出来るのは資料館となっている旧伴家と旧西川家だけだけど、公開されていないお宅も含めてどのお宅も町屋としては大きいよ。
伴家などは個人の住まいであった家屋が後に小学校の校舎や町役場として使われるほどの大きさだし、西川家は“奥”に至る“庭”の奥行きは30mはあるもの。
さっきの大きな公営駐車場は、伴家の分家の屋敷跡だしねぇ。
分家のお屋敷の跡が大型の観光バスが30台は停まれる駐車場になっているのだもの、本家の大きさの程が窺い知れる。

伴家(本家)の住宅は確かに大きくて、通りの反対側からでは私のカメラで全景を納める事はできなかった。
中に入ろうかと思ったのだけど、入り口に観光客が溜まっていたのでパス。
後でここの当主が本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと交流がある国学者であり歌人でもあった伴蒿蹊の家と知って、中の展示物を見なかった事を少しだけ後悔(^_^;

伴家の向かいには市立資料館。
ここは明治の洋館風なのだけど、昭和初期に建設された「旧八幡警察署庁舎」を考古資料館として公開しているらしい。
裏手にある「歴史民俗資料館」、向かいの「旧伴家住宅」、裏手のそのまた裏に当たる「旧西川家住宅」の4館で“資料館”を構成していて、この4館合わせて見学料が400円。
時間が許せば見るべきだったと後悔する。次に行く時には、是非見てみたいものだわ。



ポスト通りの角には郵便ポストがあった。
最近この形のポストを見なくなったなぁ。。。




さて、いよいよ新町の通り。

新町通り1新町通り2

見越しの松というらしい、軒の間から伸びる松が近江八幡の町屋の特徴らしい。
私は紅殻格子と軒の庇の長さが特徴的だと思ったのだけど。。。



ふと見ると、ツバメが飛んでいて、町屋の軒先に巣を作っている。

ツバメの巣

未だ、雛は居ないようだったけど、ツバメを見るともう初夏の気分ね。
って、桜を見に来たのに。。。(笑)



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