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悠遊 風まかせ

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2007/04/07

近江八幡名物を色々

お稲荷さんが瓦葺だったのは、きっとこの近江八幡が瓦の生産地だからなのだろうね。
お稲荷さんの向かいにあったお寺と、その脇にあった名前も判らない神社もこんな感じ。

名前も判らないお寺の楼門
お寺の楼門は、2層の屋根と全体のバランスが絶妙。
上のお寺の隣にあるお宮の手水。
手水の屋根も瓦葺き。
瓦を良く見ると、鯉の飾りが。。。
細かいところにまで意匠が利いているのね。。。


名前も判らない神社の手水名前も判らない神社の手水の瓦


このお宮さんって狛犬がないなあ。。。と思ったら、本殿の柱にこんな彫刻が。。。
名前も判らない神社の飾り獅子亞名前も判らない神社の飾り獅子云
それにしても、幸福稲荷の狐もそうだったけど、ここの狛犬もなんともとぼけた表情よね(笑)


当ても無く散歩気分で歩いていると、「かわらミュージアム」への案内の看板が見えた。
国内外の瓦が展示されていると言うけど瓦には余り興味がないなぁ。。。なんて思いながら歩いていたからなのか、表玄関ではなく裏側に出ちゃった(笑)
八幡堀のお堀端沿いに瓦を焼く釜が展示されていて、その通路は瓦で模様が付けられている。
この建物もなんとなく瓦を焼く釜の雰囲気。。。

瓦で造られた模様かわらミュージアム

お堀にはのんびりと鴨が泳ぎ、メジロやその他の小鳥に啄ばまれた桜が落ちた水面は着物の柄を連想させる。
八幡堀の鴨水に落ちた桜
お堀にかかる船橋ものどかな雰囲気を醸し出しているよね。。。
なんだか、時間がのんびりと過ぎていく感じがするわ。
船橋


雨がぽつぽつと落ちてきた。
お腹も空いている事だし雨宿りも兼ねて、かわらミュージアムに併設された喫茶店で昼食を摂ることにした。
お洒落な外観のお店に入ってみると、食事のメニューはカレーとうどんしかない。
どうもカレーが自慢メニューのようで、店のあちこちに「当店自慢の近江牛カレー」と貼ってある。
そんなに自慢なら食べてみようかしら。
近江牛カレー近江牛カレー2
お店のお姉さんの説明によると、近江米と近江牛のカレーでカレーの中には近江牛の他にお麩が入っている。(右側の写真のお肉の奥にある白いものがお麩)
さらに薬味代わりの付け合わせは近江名物の赤こんにゃくらしい。
赤こんにゃくは見れば判るけど、カレーにお麩なんて初めて。
お麩の食感は悪くないし、言われなければお麩だとは気がつかないかも。
そういえばこの辺りは丁字麩と言うお麩が有名らしいけど、これがその丁字麩なのかしら?

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2007/04/08

北陸の入り口長浜で北国街道を散策

長浜浪漫ビール次はいよいよ北国街道(ほっこくかいどう)。
先ずは、長浜浪漫ビールかな。
ビールも飲みたい(笑)けど、目的はこっち。
舟板塀
今は「明治ステーション通り」の一角に過ぎないのだけど、その名もズバリ船板塀というらしい琵琶湖を通行していた船の船板を壁に使った蔵が並ぶ通り。



今は使われていないお屋敷そのまま少し歩くと、こんなお屋敷も。

かなり大きなお屋敷だけど今は使われていないらしい。
表札代わりに、「連絡先 ○○○」と此処とは違う住所が書かれている。
この塀の先にある灯りは、別の処で「昔のガス灯」と紹介されていた。
北国街道から10mほど入っただけの所だもの、きっと昔から往来の激しいところで通行人の為に大きな灯りをつけたのね。


小学校北国街道を少し歩くと小学校があった。
二宮金次郎があったから小学校だと思ったのだけど、ここは小学校と幼稚園が併設されているらしい。
長浜のお金持ちがお屋敷を寄付して出来た小学校という案内板が出ていた。
長浜は商人の寄付で出来た学校や公共施設がいくつもあると話には聞いていたけど、本当なのね。
その案内板の下、通りに面した塀には帆掛け船のモチーフ。
長浜が琵琶湖の港町だったという事のアピールね(笑)



開知学校また少し歩くと今度は開知学校。
開知学校は市民の寄付で造られたという滋賀県最初の小学校で、明治時代に作られたモダンな4階建ての洋館。
今は何かの工芸館になっているらしい。



黒壁スクエア開知学校から通りを挟んだ反対側が長浜の黒壁スクエアの始まり。
解体されようとしていた黒漆喰の銀行の建物を使って始まった町おこしで、この辺り一帯の風致地区(と言えるのかな?)は数年前から有名な観光名所になっている。
普通町おこしと言うと行政が主体でそこにある景観を使って元からそこにある地場産業を振興するパターンが多いのだけど、ここは市民が主体で運動が盛り上がり、またそれまでになかった“ガラス工芸”を地域振興に持ってきた事に特徴がある。
市民が主体というのも長浜らしいというのだろうけど、必ずしも過去に捕らわれないというのも長浜らしいというのかもしれないね。

銀行跡の洋館でガラス工芸というと小樽を想像する人が多いと思うのだけど、今日此処を案内していた若いバスガイドさんは小樽を知らなかったようだった。
お客さんに「小樽に似ている」と言われて、「小樽にもガラス工芸を展示している場所があるんですか?」とお客さんに聞き返していた。
まぁ、それだけ此処も浸透しているという事か。
それにしても、「最も成功した町おこし」と言われるだけあって、流石に人が多い。
人が多すぎて情緒がないし、写真を撮るのも躊躇われる。。。(^^;


それでも、北大路魯山人が食客として住んでいて襖や天井を描いたという小蘭亭が特別公開されている安藤家は外せない。
観光客が多かろうとなんだろうと行かなくては(笑)
安藤家外観魯山人篆刻看板「呉服」小蘭亭外観
安藤家では、魯山人が襖や天井画を描いた小蘭亭は母屋から見た外観と廊下だけしか撮影はダメだけど、母屋の中は写真を撮っても良かった。
母屋には当時篆刻家だった魯山人が書いた(彫った?)という看板が展示されていた。
安藤家が当時は呉服屋さんだった事から大きな「呉服」と書いた看板は秀逸だった。
呉が亀を表し服が鶴を表すというその文字の意匠に魯山人の才能を感じる。
それでも、魯山人は子供にはヘンな人だったのだろうね。
魯山人が離れの小蘭亭の柱に年輪の模様を描いたのを見て、当時子供だった現当主の安藤権一氏は「変な人が落書きしてやある」とお祖母様に言ったらしいから(笑)

中国風に装飾された小蘭亭は去年のGWに言った福島県田村市の伝承館に通じるものがあると感じた。
この頃の日本人って中国的なものに憧れがあったのかしらね。。。


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