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悠遊 風まかせ

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2007/04/07

時が止まる水郷巡り

さて次は何処に行こうか。。。
お腹もイッパイだし、腹ごなしに、とりあえずお堀端でも散歩しますか(^^)

お堀端にはお花がたくさん。
桜は勿論、菜の花、ユキヤナギや水仙、芝桜、ムスカリと色とりどり。

菜の花ユキヤナギ?芝桜水仙ムスカリ

2枚目の写真は一見するとユキヤナギにも見えるのだけど、花びらが八重なのよね。
これは何というお花なんだろうなぁ。。。?


お堀沿いをあてもなく歩いていると、水郷巡りの船着き場に出た。
水郷巡りは4つの会社があって、どのの会社も基本的には予約の団体さんしか受け付けていない。
どうせ乗れないとは思ったものの、ふと看板を見ると「当日の乗船受け付けます」と書いてある。
団体じゃないたった1人でもOKなのかな?と思って聞いてみると、ちょうど15時に乗り合いの船に乗れると言われた。
今、14時50分。何てイイタイミングなの♪(^^)
乗り合いの船が出る迄の10分の間にも、次々と観光バスがやって来て、船に乗るお客さん吐き出している。
水郷巡りがこんなに人気があるとは知らなかった。
これなら予約以外は受け付けられないと言うのも頷ける。

船頭さんに名前を呼ばれて、いよいよ船に乗り込む。
船頭さんが手漕ぎする船は8人乗り。
今日は乗り合いだけで4漕出ていて、普段よりかなり多いらしい。
団体のお客さんも多いから、船頭さんは今日は休憩なしだったらしい。
あんなぎりぎりの時間でも乗れたのは、本当にラッキーだと思う。

葦焼きの跡船は浅い水路をゆっくり滑る様に進む。

周りに見える草の焼け跡は葦を焼いた跡で、葦は焼いても春には次の新芽が出るとか。
写真の緑に見える部分は葦のは新芽で、黒く見える木は揚柳という川柳で葦焼きの時に焦げたのだけど、これももうすぐ新芽が出るのだとか。
他には信長の時代にはこのあたりは琵琶湖の底で、安土城は水に浮かんで見えたとか、船頭さんの説明を聞いている内に目の前にあの景色が現れた!


水郷の桜水郷の桜と菜の花

JRのパンフレットで見てこの景色を見たいと思ってこの近江八幡に来たのだけど、4つある水郷巡りの内1つしか此処を通らないと言うし、事前にどの会社がこの水路を通るのかも調べても居なかったので、知らずに乗ったこの船でこの景色を味わえたのはなんだか嬉しい。
乗り場だって地図を見たわけでもなく足の向くまま歩いて偶然に行き会ったのだから、桜はまだ3分咲きから5分咲きという風情だけどこんな景色に偶然に乾杯したい気分だったわ(って大袈裟 笑)

その後は、西湖という琵琶湖の離れの浅い沼のような場所を船は進む。
いつの間にか雨が本降りになっている。
まぁ、船には屋根があるから雨が降っていても関係ない。
寧ろ遠くの山が雨に霞む様もまた風情があってイイ。
遠くの山がしょぼ降る雨で乳白色に煙る景色が続き、聞こえるのは鶯の鳴き声と艪を漕ぐ音だけ。
静かだ。時が止まっているんじゃないかと錯覚するほどにゆっくり流れるのを感じる。
ここの船頭さんたちは一見してみな高齢。
聞くと、83歳を筆頭に1番の若手が55歳の平均連齢が73歳だとか。
多くの船頭さんがそれまでの仕事を定年退職した後にこの仕事についているらしい。
エンジンではなく人が艪を漕ぐ舟だからそうとうの力仕事だろうに、そんなに高齢な人が仕事とするのは大変だろうな。
でもそんな人たちのゆったりとした話し声や動作も、この緩やかな時間を演出しているのかもしれない。


約1時間の船旅を終えて船を降りると16時。
まだ、そんなに遅い時間ではないからもう少し街を歩いて出来れば街中に何件かあるヴォーリズが設計した建物を見たいと思ったけど、雨も降っているし実は時間も気になる。
時間。。。観光案内所の中にあるコインロッカーは17時までなのよね。。。
街の中の博物館などは17時まで開いている処が多いのに、そういった観光施設から離れた場所にあるコインロッカーが17時までなのは何故なのだろう?
折角文化財やステキな景観などの観光資源がたくさんあるのに、この街は観光客に優しい街とは言えないなぁ。。。

Category:国内旅行 ( 近江 )

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2007/04/07

近江八幡名物を色々

お稲荷さんが瓦葺だったのは、きっとこの近江八幡が瓦の生産地だからなのだろうね。
お稲荷さんの向かいにあったお寺と、その脇にあった名前も判らない神社もこんな感じ。

名前も判らないお寺の楼門
お寺の楼門は、2層の屋根と全体のバランスが絶妙。
上のお寺の隣にあるお宮の手水。
手水の屋根も瓦葺き。
瓦を良く見ると、鯉の飾りが。。。
細かいところにまで意匠が利いているのね。。。


名前も判らない神社の手水名前も判らない神社の手水の瓦


このお宮さんって狛犬がないなあ。。。と思ったら、本殿の柱にこんな彫刻が。。。
名前も判らない神社の飾り獅子亞名前も判らない神社の飾り獅子云
それにしても、幸福稲荷の狐もそうだったけど、ここの狛犬もなんともとぼけた表情よね(笑)


当ても無く散歩気分で歩いていると、「かわらミュージアム」への案内の看板が見えた。
国内外の瓦が展示されていると言うけど瓦には余り興味がないなぁ。。。なんて思いながら歩いていたからなのか、表玄関ではなく裏側に出ちゃった(笑)
八幡堀のお堀端沿いに瓦を焼く釜が展示されていて、その通路は瓦で模様が付けられている。
この建物もなんとなく瓦を焼く釜の雰囲気。。。

瓦で造られた模様かわらミュージアム

お堀にはのんびりと鴨が泳ぎ、メジロやその他の小鳥に啄ばまれた桜が落ちた水面は着物の柄を連想させる。
八幡堀の鴨水に落ちた桜
お堀にかかる船橋ものどかな雰囲気を醸し出しているよね。。。
なんだか、時間がのんびりと過ぎていく感じがするわ。
船橋


雨がぽつぽつと落ちてきた。
お腹も空いている事だし雨宿りも兼ねて、かわらミュージアムに併設された喫茶店で昼食を摂ることにした。
お洒落な外観のお店に入ってみると、食事のメニューはカレーとうどんしかない。
どうもカレーが自慢メニューのようで、店のあちこちに「当店自慢の近江牛カレー」と貼ってある。
そんなに自慢なら食べてみようかしら。
近江牛カレー近江牛カレー2
お店のお姉さんの説明によると、近江米と近江牛のカレーでカレーの中には近江牛の他にお麩が入っている。(右側の写真のお肉の奥にある白いものがお麩)
さらに薬味代わりの付け合わせは近江名物の赤こんにゃくらしい。
赤こんにゃくは見れば判るけど、カレーにお麩なんて初めて。
お麩の食感は悪くないし、言われなければお麩だとは気がつかないかも。
そういえばこの辺りは丁字麩と言うお麩が有名らしいけど、これがその丁字麩なのかしら?

Category:国内旅行 ( 近江 ) , 食べ歩きlog

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2007/04/07

お宮さんの不思議

日牟礼八幡宮(ひむれはちまんぐう)の一の鳥居は以前は朱塗りだった事が解るような普通の鳥居だった。
参道を歩いて、拝殿の前にある鳥居を見るとなんだか不思議。
お寺の山門のような楼門になっている。
昔は神社とお寺が一緒になっている処が多かったから、こういう造りの鳥居って珍しい訳ではないのだけどね。
ただそうい処でも、狛犬が楼門の中に入っているのは初めて見たような気がする。

日牟礼八幡宮鳥居日牟礼八幡宮舞殿

金色の鳩
八幡宮という名前の通り、日牟礼八幡宮の祭神は譽田別尊(ほむだわけのみこと=応神天皇)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと=神功皇后)で、他に田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫神(たぎつひめのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)が奉られている。
でもこの地が近江八幡と言うからには、この日牟礼八幡宮が地名の由来なんだよね。
町があって人が集まって神社が造られたというより、神社があって人が集まってきて町が出来たと言う感じなのかしら?
社伝によると御祭神の応神天皇の2代前の成務天皇の時にこの神社が出来たと言うから、始めは八幡宮ではなく海上交通の守り神の宗像3女神だけが祀られていたのかな?
それにしても神社として由緒がありそうな神社なのに、舞殿、拝殿は桃山時代のお寺の風情なのは、何故なんだろうね?
不思議と言えば、舞殿の脇に何故か金色の鳩があった。
これも何故なんだろう? どんな由来があるものなのだろう?と思ったら、鳩は八幡様のお遣いという事で八幡様には鳩がつき物なのね。




日牟礼八幡宮でお参りを済ませて、今度は八幡山に登ろうと思う。
日牟礼八幡宮の裏手にあるロープウェイの乗り場に行くと、タイミング悪く丁度出た処だった。
係りのオジサンが気を遣って、「今日は上がっている人が多いから、お客さんの様子次第で臨時便が出るかもしれませんよ」といってくれた。
でも、この頃には「そんなに急ぐ旅ではない」と思えるようになってきた(笑)

待合所に貼られている例の水郷めぐりのポスターを見て係りのオジサンに「これは(近くにある観光案内図の)何処ですか?」と聞いたら、「此処にはないけど上に上がったら見えるよ」と教えてくれた。
山の上から見えても私のカメラじゃこの景色を撮る事は出来ないなぁ。。。(^^ゞ

係りのオジサンの親切にそんな風に思ったのが仇になったのか、ロープウェイを降りる頃から雨が降り出した。
参ったなぁ。。。今日は傘を持ってきていないよ。。。
ポツリポツリと降り出してきた雨に琵琶湖も霞んで見えない。
桜は未だ3分咲きにもなってもいないし。。。
水郷めぐりの場所を確認する事もせずに早々に山を降りてしまった(苦笑)
この八幡山は秀次のお城があったらしいのだけど、城跡らしきものは石垣しかない。
また、秀次の生母が秀次を弔うために建てた村雲御所瑞龍寺というお寺があって、このお寺は日蓮宗で唯一の門跡寺院だというのだけど、なんとなく響くものがないお寺だったのよね。。。


さて、そろそろ13時近い。
いい加減お腹が空いてきた。
日牟礼八幡宮の参道に近江牛を食べさせる店があったなぁ。。。と思いながら店に行くとかなり並んでいる。
はぁ。。。
並んでいる人を見ただけで気力が萎えてしまった(>_<)

近江牛は諦めて、もう少し歩こうか。。。
日牟礼八幡宮の近くは花盛り。
枝垂れ桜桃?桃
枝垂れ桜、紅い桃?、そして白とピンクの桃の花が咲いている。

こちらは、日牟礼八幡宮の近くにある幸福稲荷の桜。
幸福稲荷の桜

商人の町で商売の神様としてお稲荷さんが信仰されたのはよくわかる。
でも、なんで、この社殿は瓦葺きなのかなぁ。。。?

幸福稲荷の狐
囲いの間から中を覗くと、中にはお稲荷さんにはつき物の狐さんがいた。
ここの狐さんは巻物を咥えている。
この巻物って、何かいわれがあるのかな?


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桜の街の桜のお堀

新町通りを過ぎると、ヴォーリズの像があった。
ヴォーリズは、数年前に保存か解体かで話題になった豊郷小学校を設計した事で知られるアメリカ人宣教師のウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
そもそも彼は英語の教師として招かれた宣教師だったのだけど、明治学院や関西学院大学、神戸女学院を設計した設計士としての方が日本では知られている。
その彼が英語教師として日本に招かれたのがこの近江八幡。
ヴォーリズは私は詳しくは知らなかったのだけどメンソレータムの近江兄弟社を創った1人なんだってね。


そのまま地図を見るでもなく、足のむくままに歩くとお堀に出た。
八幡堀1八幡堀2

太閤秀吉の甥で悲劇の関白といわれた秀次が街づくりと城造りの為に造ったお堀がこの八幡堀。
このお堀が通常のお城のお堀とは違った印象に見えるのは、一般人が生活の為にお堀の通行が許可されたところに起因するのかな。
人が生活の為に使う水路という事で、お堀端には庶民の生活に根ざした橋が幾つもかけられていて色々な花も植えられている。
お花や遊歩道は、一時利用が廃れて汚泥の溜まり場と化した八幡堀の復興事業の結果なのだろうけど、街の人が使った堀という風情がこのお堀や町の雰囲気を他の城下町とは違う趣を感じさせるのだと思う。
今はこのお堀も桜の名所になっていて画家さんやカメラマンさんの絶好の写生&撮影ポイントになっているらしく、橋の下には人がイッパイ。

お堀沿いをそのまま歩くと、日牟礼八幡宮(ひむれはちまんぐう)に出た。
何故だかカメラの電池が危ない。電池切れの表示がでている。
昨日充電したはずなのに、何故???
神社に入る前に乾電池を買える場所を探さないとね(^_^;

白雲館
日牟礼八幡宮の鳥居の向かいには白雲館がある。
白雲館は明治時代に八幡商人の寄進により建築された擬洋風建築物の「八幡東学校」が解体復元された建物で、今は観光案内所になっている。
白い漆喰の壁と黒い瓦がなんとも風情があると言うか、日本の洋風建築物と言う感じがいいわ(^^)




白雲館の隣の酒屋さんで乾電池を買って、ふと足元を見るとこんなマンホールが。。。

マンホール

近江八幡は桜の町で売っているのかな?(笑)

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近江商人の町で豪商の家々を見る

近江八幡の駅からバスに乗って、近江商人の町並みが残る新町に行く。
「小幡資料館前」でバスを降りて、少し戻って新町通りに出ると大きな公共駐車場があって、初めての観光客でも此処が近江八幡の観光の中心と解る。


天秤棒を担いで全国を歩いたという近江商人は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の“三方よし”と商売とは関係なく社会貢献をする“陰徳善事”を理念に商売をして、現伊藤忠商事を初め、丸紅、高島屋、大丸、西武グループ、日本生命、ヤンマーディーゼル、武田薬品、布団の西川産業、足袋の福助と近代まで綿々と続く大企業家を生んでいる。
品薄の時に値上げをして利益を得るのを潔しとせず、社会貢献はするけどそれで“名前を売る”のを潔しとしないだなんて、昨今話題のIT社長に聞かせたい言葉ではあるけど、IT企業に限らす最近はこういう“徳”って無くなったよね。。。
メンソレータムの近江兄弟社もこの地の出で、この町に学校を持っている。
さっき電車で「近江兄弟学園」という看板を見て「近江兄弟って会社の名前じゃなかったっけ?」と思ったのだけど、その学校は近江兄弟社が創った学校だったらしい。

旧伴家住宅実際に街を歩いてみると、近江八幡は“天秤棒を担いで”には程遠い“豪商”が多いのがわかる。
伴家、西川家と言う公開されている豪商だけでなく、新町通りに軒を連ねる家はどれも軒の低い平屋か2階屋で建物は京都の大きなお寺の宇堂に匹敵する?と思う程大きい。
通りに面した家屋は今もお住まいの民家ばかりで中を見ることが出来るのは資料館となっている旧伴家と旧西川家だけだけど、公開されていないお宅も含めてどのお宅も町屋としては大きいよ。
伴家などは個人の住まいであった家屋が後に小学校の校舎や町役場として使われるほどの大きさだし、西川家は“奥”に至る“庭”の奥行きは30mはあるもの。
さっきの大きな公営駐車場は、伴家の分家の屋敷跡だしねぇ。
分家のお屋敷の跡が大型の観光バスが30台は停まれる駐車場になっているのだもの、本家の大きさの程が窺い知れる。

伴家(本家)の住宅は確かに大きくて、通りの反対側からでは私のカメラで全景を納める事はできなかった。
中に入ろうかと思ったのだけど、入り口に観光客が溜まっていたのでパス。
後でここの当主が本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと交流がある国学者であり歌人でもあった伴蒿蹊の家と知って、中の展示物を見なかった事を少しだけ後悔(^_^;

伴家の向かいには市立資料館。
ここは明治の洋館風なのだけど、昭和初期に建設された「旧八幡警察署庁舎」を考古資料館として公開しているらしい。
裏手にある「歴史民俗資料館」、向かいの「旧伴家住宅」、裏手のそのまた裏に当たる「旧西川家住宅」の4館で“資料館”を構成していて、この4館合わせて見学料が400円。
時間が許せば見るべきだったと後悔する。次に行く時には、是非見てみたいものだわ。



ポスト通りの角には郵便ポストがあった。
最近この形のポストを見なくなったなぁ。。。




さて、いよいよ新町の通り。

新町通り1新町通り2

見越しの松というらしい、軒の間から伸びる松が近江八幡の町屋の特徴らしい。
私は紅殻格子と軒の庇の長さが特徴的だと思ったのだけど。。。



ふと見ると、ツバメが飛んでいて、町屋の軒先に巣を作っている。

ツバメの巣

未だ、雛は居ないようだったけど、ツバメを見るともう初夏の気分ね。
って、桜を見に来たのに。。。(笑)

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