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悠遊 風まかせ

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2007/04/08

町おこしの名所、長浜黒壁スクエアを散策

浄淋寺観光地に来ていて人ごみはキライなどと言っていても仕方がない(笑)
黒壁スクエアの町並みを歩いてみることにする。
先ず目に付くいたのはこれ。

何かと思って近寄ってみると、お寺の楼門だった。
お寺まで“黒壁”に協力しているのね(笑)
それにしても、この楼門は目を惹くわ。


虫籠窓この虫籠窓はこの地方の町屋の特徴というのだけど、他のところでも見たことあるような。。。



プラチナプラザお店の名前と売っているもののアンバランスさに思わず写真を撮ってしまったのだけど、これがビックリ。
これも町おこしの一環なのか?55歳以上の熟年集団が経営する店舗で、このリサイクルショップの他、八百屋さん、お惣菜屋さん、コミュニケーションプラザの3つの店舗があるらしい。
“プラチナ”は「シルバー磨いてプラチナに」という事らしい。




看板繋がりでは、こんな看板面白い。
写真屋さん瓢箪屋さん
瓢箪屋さんがあるなんて、流石に太閤秀吉の町だね。

瓢箪マンホール足元には瓢箪マンホール。
瓢箪は秀吉ゆかりなのだと思うけど、千成瓢箪ではなかったね(笑)


瓢箪屋さんで、瓢箪屋さんはこの建物の2階にあって、1階はお洒落なガラスのギャラリー。

お店の前にある三角錐の置物は、ステンドグラスのライト。
このステンドグラスのライトはこの通りの何処のお店にもあるから、夜のこの通りもキレイなんだろうな。


街灯ふと見上げるとこんな渋い街灯も。
夜の街並も見てみたいけど、そろそろ帰らないとね。。。



長浜の駅で40分後に米原を出る新幹線のチケットを買った。
長浜から米原まで電車では10分弱。
余裕だと思ったのに電車が10分以上遅れていて、結構ギリギリっぽい。
JR西日本って、去年の福知山線の事故の時には1分半の遅れも許さない体質だって言っていたのにウソね。
この旅行で乗った在来線は3回で、3回とも10分前後遅延していたよ。
ギリギリで新幹線には間に合ったけど、米原ではお弁当を買う暇なし。
折角近江の名物が詰め込まれているお弁当を買おうと思ったのにな。

乗り換えの名古屋でお弁当とビールを買って、最後の花見。
って、“花”はこのお弁当なんだけどね(笑)

春らんまん弁当

Category:国内旅行 ( 近江 )

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2007/04/08

北陸の入り口長浜で北国街道を散策

長浜浪漫ビール次はいよいよ北国街道(ほっこくかいどう)。
先ずは、長浜浪漫ビールかな。
ビールも飲みたい(笑)けど、目的はこっち。
舟板塀
今は「明治ステーション通り」の一角に過ぎないのだけど、その名もズバリ船板塀というらしい琵琶湖を通行していた船の船板を壁に使った蔵が並ぶ通り。



今は使われていないお屋敷そのまま少し歩くと、こんなお屋敷も。

かなり大きなお屋敷だけど今は使われていないらしい。
表札代わりに、「連絡先 ○○○」と此処とは違う住所が書かれている。
この塀の先にある灯りは、別の処で「昔のガス灯」と紹介されていた。
北国街道から10mほど入っただけの所だもの、きっと昔から往来の激しいところで通行人の為に大きな灯りをつけたのね。


小学校北国街道を少し歩くと小学校があった。
二宮金次郎があったから小学校だと思ったのだけど、ここは小学校と幼稚園が併設されているらしい。
長浜のお金持ちがお屋敷を寄付して出来た小学校という案内板が出ていた。
長浜は商人の寄付で出来た学校や公共施設がいくつもあると話には聞いていたけど、本当なのね。
その案内板の下、通りに面した塀には帆掛け船のモチーフ。
長浜が琵琶湖の港町だったという事のアピールね(笑)



開知学校また少し歩くと今度は開知学校。
開知学校は市民の寄付で造られたという滋賀県最初の小学校で、明治時代に作られたモダンな4階建ての洋館。
今は何かの工芸館になっているらしい。



黒壁スクエア開知学校から通りを挟んだ反対側が長浜の黒壁スクエアの始まり。
解体されようとしていた黒漆喰の銀行の建物を使って始まった町おこしで、この辺り一帯の風致地区(と言えるのかな?)は数年前から有名な観光名所になっている。
普通町おこしと言うと行政が主体でそこにある景観を使って元からそこにある地場産業を振興するパターンが多いのだけど、ここは市民が主体で運動が盛り上がり、またそれまでになかった“ガラス工芸”を地域振興に持ってきた事に特徴がある。
市民が主体というのも長浜らしいというのだろうけど、必ずしも過去に捕らわれないというのも長浜らしいというのかもしれないね。

銀行跡の洋館でガラス工芸というと小樽を想像する人が多いと思うのだけど、今日此処を案内していた若いバスガイドさんは小樽を知らなかったようだった。
お客さんに「小樽に似ている」と言われて、「小樽にもガラス工芸を展示している場所があるんですか?」とお客さんに聞き返していた。
まぁ、それだけ此処も浸透しているという事か。
それにしても、「最も成功した町おこし」と言われるだけあって、流石に人が多い。
人が多すぎて情緒がないし、写真を撮るのも躊躇われる。。。(^^;


それでも、北大路魯山人が食客として住んでいて襖や天井を描いたという小蘭亭が特別公開されている安藤家は外せない。
観光客が多かろうとなんだろうと行かなくては(笑)
安藤家外観魯山人篆刻看板「呉服」小蘭亭外観
安藤家では、魯山人が襖や天井画を描いた小蘭亭は母屋から見た外観と廊下だけしか撮影はダメだけど、母屋の中は写真を撮っても良かった。
母屋には当時篆刻家だった魯山人が書いた(彫った?)という看板が展示されていた。
安藤家が当時は呉服屋さんだった事から大きな「呉服」と書いた看板は秀逸だった。
呉が亀を表し服が鶴を表すというその文字の意匠に魯山人の才能を感じる。
それでも、魯山人は子供にはヘンな人だったのだろうね。
魯山人が離れの小蘭亭の柱に年輪の模様を描いたのを見て、当時子供だった現当主の安藤権一氏は「変な人が落書きしてやある」とお祖母様に言ったらしいから(笑)

中国風に装飾された小蘭亭は去年のGWに言った福島県田村市の伝承館に通じるものがあると感じた。
この頃の日本人って中国的なものに憧れがあったのかしらね。。。


Category:国内旅行 ( 近江 )

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2007/04/08

嘗ての繁栄を語る太閤の桜と菊の御紋

やっと長浜に着いたのは14時半頃。
駅のコインロッカーに荷物を預けて、先ずは長浜城址の豊公園へ。
って言うか、今日はこれまでずっと荷物を担いで移動していたので、やっと肩が楽になった(笑)

豊公園は駅から近く、時間的なものもあってか花見客も多い。
この公園は火を使うのもOKらしくて、BBQセットやカセットコンロを持ち込んで暖かい肴をツマミにいい感じに酔っている人も多い。
桜の花見シーズンは未だちょっと寒いから暖かい肴は嬉しいよね〜ちょっと羨ましかったり(笑)
それにしても流石に「日本の桜100選」だね。桜も多いが人も多いわ。

昨日水郷巡りの船で一緒だったご夫婦が「彦根より長浜の方が桜が咲いている」と言っていたけど、本当だね。
本当は海津大崎に行きたかったけど、長浜にしたのは正解かも。
彦根城より「桜とお城」の写真も撮れたしね(^^)

長浜豊公園の桜1長浜豊公園の桜2

この公園は桜の木の数だけでなく、復元されたもではあるけどお城も見えるし、湖も見える。
ここが100選として選ばれるのも解るような気がするな。

豊公園 湖の桜長浜豊公園の桜3

あれ?
昨日、電池を入れ替えたばかりなのに、もう電池切れ。。。
今日ってそんなに写真を撮ったっけ?(^^ゞ
コンビニで電池を買って、また歩く。
って言うか、そろそろ足が痛くなってきた。
昨日の今日も殆ど休憩もせずに歩き続けている私の足も電池切れ?(^_^;

長浜鉄道スクエア少し歩くと、「長浜鉄道スクエア」がある。
日本で1番古い駅舎だという旧長浜駅を保存展示している。
旧長浜駅はイギリスの技師が設計した駅舎で、当時は大津から長浜までは鉄道連絡船だったのでここは船乗り場兼鉄道乗り場だった。

北陸線電化記念館当時の改札を抜けて外に出ると、長浜鉄道文化館と北陸線電化記念館がある。
長浜鉄道文化館は鉄道模型と昔の駅標が展示してあって、北陸線電化記念館にはD51とED70が展示されている。

北海道に住んでいた子供の頃は蒸気機関車はさして珍しくも無く、ディーゼル車が通ると珍しい列車を見たと歓んでいた。
当時は本州では既に電化されていたけど、北海道は未だ電化されている区間が殆ど無かったから、SLってそんなに珍しいものではなかったもの。
今日初めて知ったのは、鉄道の“電化”にも“直流”と“交流”があって、北海道の一部には今でも“電化”されていない場所もあるとか。
そういう意味では知識にはなったけど、私は元来鉄道そのものにはあまり興味のない人だからねぇ。。。(^^;
会社の同僚クンに「鉄祭」という鉄道イベントに行くような人がいるのだけど、そんな鉄道好きな人には楽しい処なんだろうな。。。


慶雲館外観私はお向かいの慶雲館の方が興味があるわ。

明治天皇を迎える迎賓館だったと聞いていたけど、実際に訪れて思う事は「たった1時間の滞在の為にこれほどまでの屋敷とお庭を造るのか?」という事。
それも全額私財だったんだよね。
それだけ天皇に権威があるのだろうけど、たった1時間の滞在の為に、3ヶ月もかかった普請を「突貫工事」と言われる程の大工事をしたのだよ?
いや。。。余りに立派な建物に、私は宿泊場所だと思ったよ。。。


慶雲館2階
玉座が設けられた2階のお部屋。
鶴の襖もなんともいえない気品があるのだけど、天井からぶらさがる電燈がなんともお洒落。
後で案内を見たら、この電燈もここの“見所”の1つだとか。


2階から見るお庭はこんな感じ。
慶雲館 庭園
明治天皇の行幸は、琵琶湖から直接このお庭に入られたとか。

慶雲館襖引き手
2階のお部屋をよく見ると襖の引き手には菊のご紋が。
こんな処に行幸の“証拠”があるのね(笑)

ご紋といえば、お庭にあった灯篭にウチの家紋と同じ紋が刻まれた灯篭があった。
ウチは庶民の出だけど、紋を辿ると誰か由緒ある家のご紋を真似たものだったりしてね(笑)

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郷愁を誘うローカル線

そろそろ駅に急がないと、電車に間に合わなくなってしまう。。。
と、思いながらも、道すがらに面白いものを見つけては足を止めてパチリ(^_^;
川辺のカフェJA

1枚目の写真は駅近くの川の傍にあったカフェのテラス。
最初はカフェのテラスとは思わなくて川辺の桜がいい感じだなと思ったのだけど、近づいて見たらテーブルとベンチがあってテーブルにはお花が挿してあった。
2枚目の写真は川を渡った処にあったJAの建物。
昨日から今日にかけてみた近江の町にある“洋館”風な建物に共通するものを見て興味深いなと。


近江鉄道 多賀大社駅 ALIGN="right"/>写真を撮るのに夢中になって、電車の時間ギリギリに駅に飛び込んだ。
そういえば、この駅は「駅」とは言わず「コミュニティーハウス」というのね。


乗った電車は多賀大社駅から1駅目の高宮が終着。
って言うか、この多賀大社へいく路線が支線だったのね。
高宮駅のホームには満開の桜と古びた待合室。
私が子供の頃の駅ってこんな風だったと懐かしさすら感じる待合室を写真に撮っていると、電車が入ってきた。
近江鉄道 高宮駅待合室近江鉄道 高宮駅ホーム

あれ?
さっき多賀大社から乗った電車とはとは車両が違う。
さっきは西武鉄道のような車両だったのに。。。?
あぁそうか、他社の引退した車両を引き継いでつかっているのね。
っていうか、近江鉄道と西武鉄道って昔から車両を融通しあって、関係が深いのよね。
でも、こういうのって、鉄道ファンの人には嬉しいのだろうな。。。

彦根で電車を乗り継いで米原まで行った。
本来の目的地は長浜だけど、彦根でJRに乗り換えても、このまま近江鉄道を乗り継いでも長浜に着く時間は変わらない。
というか、いずれにしてもJRに乗り換えなければならないので同じ時間に長浜につくのだけど、どうせなら電車に揺られている方が楽しいかなと思って(笑)

近江鉄道の米原の駅に着くと、ここも鄙びたローカル線の風情。
待合室の木のベンチが郷愁というか旅愁を誘うというか。。。

近江鉄道 米原駅ベンチ

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紅殻の街と桜の舞

この後は多賀大社に行こうと思う。
「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」のお多賀さんがこの多賀大社で、多賀大社は「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」と古事記に載る程古い神社。
こんなに近くに来ているのだから是非お参りしないとね(^^)
と、思ったのだけど、これが。。。(^_^;


彦根城から歩いて彦根駅に着いたのが11時半少し前。
近江鉄道の次の電車が来るのは約30分後。
失敗したなぁ。。。時間を見てもう少し早く来ればよかった。
30分じゃお昼を摂るには時間が足りないし、何もせずに待つには長い。
なんて言っても仕方ないので駅のホームで彦根の案内を読みながら電車を待ったけど、暖かくて転寝しそうだ(笑)
そういえば、多賀大社と彦根の往復運賃より1日乗車券の方が安かったから1日乗車券を買ったのだけど、今日は多賀大社の「桜狂言会&古例大祭 記念乗車券」が同じ値段で販売されていたらしい。
駅員さん教えてくれればいいのに。。。多賀大社参りの記念になったのにね。


近江鉄道で彦根から3駅目の多賀大社の駅を降りると、目の前に大きな鳥居。
「絵馬通り」と案内のある道を辿って多賀大社に向かう。
道すがらに見られる民家は紅殻格子に長い庇の家が多い。
この庇の長さって、もしかしてこの辺りは雪が多いのかな?
そういえば、名古屋の西の方に住む知人が「伊吹山からの冷たい風で雪が降る」って言っていたっけ。。。

お腹が空いている事もあって、お店に目が行く。
って言うか、日曜日だからなのかこの辺りはひっそりしていて観光客以外の人通りはなく、お店も殆どが閉まっている。
そんな中、お肉屋さんの店先に「村山たか女が養女に来た家」と案内があって、その隣のお店には「村山たか女の生家」とあった。
そういえば、井伊直弼の愛人だった村山たか女って、多賀大社の神官の娘だったっけ。
そういえば(×2)、去年の秋に京都に行った時、予定もせずに行った金福寺もたか女の縁のお寺だったっけ。
此処のところ、たか女に縁があるのかな(笑)

多賀大社神橋ここから多賀大社までは歩いて2、3分。
鳥居をくぐると、太鼓橋(太閤橋)と緋毛氈が目に入って此処が多賀大社と解る。
この太鼓橋は御神橋だという事で、その脇にある橋を渡って境内に入ると正面にある桧皮葺の拝殿が目を惹く。


多賀大社拝殿多賀大社枝垂れ桜
大きさもさることながら、格調というのかな。。。
天照大御神のご両親に当たる伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)の二神が祀られていることから「お伊勢(は)お多賀の子でござる」と歌われているわけだけど、伊勢神宮とは全く違ってどちらかと言うと熊野大社に似た社殿で、神社の中の神社と言われる伊勢神宮にも負けない格調と厳かさを感じた。

多賀大社はご夫婦神が祀られているという事で縁結びのご利益があるのだけど、既に80歳になっていた俊乗坊重源が東大寺の再建事業の成功祈願のために伊勢神宮に参籠している時に夢の中で天照大神が「事業を成功するために寿命を延ばしたいのなら多賀神に祈願せよ」と告げて、実際に祈願し東大寺の再建がかなったことから延命長寿のご利益もあると言われている。
そんな云われの所以なのだろう、境内には「寿命そば」という店があって、お腹も空いていたから今日の昼食は此処で摂る事にした。

桜湯桜蕎麦
季節柄、「桜そば」を頼んでみたら、桜湯と、根曲がり竹、菜の花、桜の塩漬けが乗ったお蕎麦が出てきた。
桜の名所と言われるところにある「桜うどん」のように、桜の葉を練りこんだピンク色のお蕎麦が出てくるものだと想像していてたので、ちょっと肩透かし(笑)
お店のサービスというか、お店の人の接客はイマイチだったけど、お蕎麦はコシもあってそれなりに美味しかったよ。

境内を歩くと大釜と鐘楼があった。
鐘はなんとなく神社には不向きな感じだけど、ここは神宮寺だったから当たり前なのかな。
由緒書きを読むと佐々木六角一族や浅井長政の寄進だとか。
神仏分離の時にも大き過ぎて貰われ先がなかったというのは、寄進した人たちの信仰の大きさがこの鐘を此処に残したという事なのかしら?
そういえば、太閤秀吉も此処を信仰してお庭や蔵を寄進しているのよね。

境内をぶらぶらしていたら13時になって、ご神橋の前の舞台で狂言が始まった。
巫女さんがお筝で「さくらさくら」と「荒城の月」をを弾いているのだけど調子(=調律)がおかしい。
気がつかないハズがないのに誰も動じない。ヘンなの。
そのうち狂言師が踊り始めた。
思わず写真を撮ったのだけど、観客席の後ろの方から撮っていたので出来はイマイチ。
近くに居たオジサンに前に出て撮ればいいのに。。。と言われたけど観客がたくさんいるのにそれを押しのけて前にでるなんて事は出来なかった。。。(^_^;
多賀大社神橋桜狂言1多賀大社神橋桜狂言2

狛犬多賀大社を出て絵馬通りを駅方向に戻る。
途中にあった鳥居が気になって入ってみると、多賀大社の摂社で日向神社だった。
日向というと私は京都の日向大神宮を思い出すから天照大御神を祀っていると想像するけど、ここは天照大御神の孫の瓊々杵命(ににぎのみこと)が祀られていて、天照大御神は日向神社の隣に更に豊受大神と共に小さく「伊勢の神」として祀られている。
天照大御神の扱いの小ささにちょっとビックリしてみたり。。。
関係ないけど、ここの狛犬もかなりとぼけた表情をしていて可愛かったな。
あと、足元に小さい狛犬(?)がしがみついているのも可愛かった。



真如寺山門駅にへの途中、と言うか行きの駅から多賀大社に向かう途中で紅殻の山門が気になったお寺に寄ってみた。
元は多賀大社の本地堂のご本尊だったという阿弥陀如来を本尊とするお寺で、東大寺の再建の尽くした俊乗坊重源との関わりも門前の由緒書きに書いてあったけど、忘れちゃった(^_^;
真如寺というそのお寺の紅い山門や本堂、庫裏、書院、鐘楼は16世紀の開山以来のものらしい。
小さいけど、なかなか趣きのあるお寺だったわ。


Category:国内旅行 ( 近江 ) , 食べ歩きlog

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